フッチ好きさんに捧げる20のお題
1.竜冠
2.空
フッチは長い長い──それこそ永い絶望と共に始まった旅を終え、懐かしき故郷へと帰還を果たした。
掟によりその地位を剥奪されたためすべてを一から始め直さねばならなかったが、腕に抱くこの愛おしい存在と共に何もかもを新しく歩んでゆけることへの歓喜と、未来への希望と──そして少しの不安を感じながら、遠く広がる空を眺めていた。
ブラックと共にどこまでも翔けた空。
嬉しいときも、楽しいときも、辛いときも、苦しいときも、悲しいときも──どんなときも、この空がフッチとブラックをやさしく抱いてくれていた。
あのときも──ブラックがフッチを守りその命を散らしたときも──空は変わらずそこにあった。
地に堕ち地を這い、届かぬそれに何度渇望し、絶望し、そうして憎悪しただろうか。
きゅうと腕の中の存在を強く強く掻き抱いた。ブライトが短く鳴いて、眸をまあるく開いてフッチを見上げる。その空色をいとおしく見つめて、フッチは頬を擦り付けた。伝う雫にはもう、苦い絶望の味はない。
「フッチ、ないてるの?」
くいと袖を引かれ視線を移すと、隣でうとうととまどろんでいたはずの少女がじっとこちらを見ていた。
出会ったばかりのこの小さな小さな少女は、見たこともない白い竜を抱いて突然表れたフッチにいたく興味を示し、母の制止も聞かず一日中後ろをついてまわった。
無邪気に笑い、名を呼び、あれこれ質問攻めにしながら、幼い少女は夢中で少年を追いかけた。閉ざされた空間に舞い込んできた、一陣の風のような少年を。
「いじめられたの? そんなヤツ、シャロンがやっつけてあげる」
まろい頬を膨らませ眉を寄せる少女の力強い言葉に、フッチは溢れる涙もそのままに微笑んだ。
「ありがとう、でも大丈夫だよ。僕は嬉しくて──そう、嬉しくて泣いているんだ」
言いながら、母親譲りの金の髪をやさしく撫ぜる。少女はくすぐったそうに声を弾ませて笑んだあと、ことりと首を傾げた。
「うれしくてもないちゃうの?」
「そうだね。嬉しくても、悲しくても、涙は出るよ。その味は……違うものだけれど」
フッチの頬を一筋の涙が伝う。
シャロンは首を傾げたままじっとそれを見つめ──くいと引いた袖の力を借りて、ぺろりと舐めた。
「しょっぱい……」
そう言って顔を顰めた少女の声に、フッチは涙ではなく笑みを零すことで応える。
そうしてまた、空を見上げた。
この風と翔ける、遠く焦がれた明日へと想いを馳せて。
3.槍術
4.君への涙
──太陽暦475年。
昼食を終え腹ごなしにとブライトと一駆けしたあと、フッチはのんびりと腕を上げ身体を伸ばしながらビュッデヒュッケ城の扉をくぐった。いつも後ろをついて回る少女は、今日はヒューゴたちと共に修練に出掛けている。随分とゆっくり時が過ぎると思えば、賑やかな少女が居ないせいだということに気付く。
何となく物足りない背中の寂しさは感じなかった振りをして、二階へと上がり掛けたところで名を呼ばれ足を止めた。
「フッチくん、髪ほどけてるよ。直してあげるからこっちこっちー」
入り口の定位置、『瞬きの鏡』の前にほんわりと立ちながら、ビッキーが手招きをしている。指摘された後ろ髪に手をやると、なるほど紐が解けていた。空を駆けたときに緩んだのだろうか、自身の手で直せはするけれど、折角の好意に甘えることにする。
「えへへー。フッチくん、髪伸びたねぇ……それにいきなり大きくなっちゃうし」
楽しそうにフッチの髪をいじりながら、ビッキーはのんびりと笑う。
「……いやそれはビッキーが」
時空移動したからで、と続けようとして、この少女に突っ込んでも無駄なことを思い出し口を噤んだ。このトンデモテレポート少女は、そう、いつもくしゃみと共に消え、永遠の少女のまま歴史を超えてゆくようだった。先の二つの戦争のときも、忽然と姿を消したかと思えばやはり前触れもなく現れ──そうしてまた去っていった。
優しい手付きで梳られる。中途半端に腰を屈めた状態で、フッチは穏やかな空気に眸を閉じた。
窓から暖かな風が吹き込んでくる。草の香りを運ぶそれに脳裏に広がるのは、この雄大な大地と──そうして今は敵となってしまった風の少年の姿だった。百万の命を屠る悪鬼となった少年は、その風色の双眸に何を映しているのだろうか。フッチがそれを知る術は──最早戦うことしかなかった。
「はい、出来たよ…… って、ふぇっ」
風にそよぐ髪がビッキーの鼻を掠めた。
過去幾度となく感じた予感に頬を引き攣らせたフッチは振り返ろうとし──
「っくしゅん!」
一瞬後には、その姿はどこにもなかった。
目を瞬かせているビッキーと、丁度二階から下りてくるところだったアップルだけが、それを見ていた。
──太陽暦460年。
昼食を終え腹ごなしに中庭で思い切りブライトと戯れたあと、フッチはのんびりとした足取りで城の扉をくぐった。腕に抱いたブライトが甘えるように高く短く鳴く。愛しさを込めてきゅうと抱きしめた。
近く、鼻をすする音が聴こえる。見やると、入り口の定位置である『瞬きの鏡』の前に立つビッキーが、鼻を赤く染めて涙ぐんでいた。常にない様子に驚き慌てて声を掛ける。
「ビッキーさん、どうしたんですか!? ──またルックにいじめられたとか」
瞬間、鋭く切り裂く風が寄越された。息をするように避けるフッチも慣れたものだ。壁越しに舌打ちが聞こえたのは気のせいではないらしい。石版の前で忌々しそうに眉を顰めるルックの姿が容易に想像出来る。
「ルックくんはそんなことしないよぅ。あのね、なんか目がカユくって、鼻もムズムズするの」
鼻をすすりながら目を掻くビッキーの手をやんわりと解いて、フッチは覗き込んでいた顔を離し首を傾げた。
「うーん、花粉症かなあ。くしゃみとか出ます?」
「くしゃみ? ううん…… って、ふぇっ」
しまった、と嫌な予感に瞠目するも遅く──
「っくしゅん!」
一瞬後には、フッチの姿はどこにもなかった。
目を瞬かせているビッキーと、消えた主を探してきょろきょろと視線を彷徨わせるブライトだけが、それを見ていた。
──太陽暦475年。
瞬きの紋章特有の歪む時空の圧迫感と共に宙に放り出されたフッチは、音を立てて尻餅をつくハメになった。
「あたた…… しまった、ビッキーさんにくしゃみとかうかつに言うんじゃなかった……」
毎度のことながら、彼女のトンデモテレポートには困ったものだ。今度はどこへ飛ばされたのかと、痛む腰を擦りながらフッチは瞼を開いた。
目の前には、のんびりと瞬くビッキーが居る。
「あれ? 良かった、今回はどこにも飛ばされてな、」
「あれあれ?? フッチくん、縮んじゃった??」
「縮むって……」
安心したのも束の間、不穏な言葉にビッキーを凝視すると──服装が、違う。慌てて周囲を見渡すと、見知った石壁造りの城ではないことに気付く。サッと血の気が引いた。まさか。
「こんにちは、フッチくん。そして──ようこそ未来へ」
背中越しに掛けられる声。振り返ると、どことなくよく知る面影の女性の姿があった。まさか。
「アップル、さん……?」
「初めまして、かしら。そう、多分、十五年後のアップルよ。災難だったわね」
いつものこととは言え、とこめかみに手を当て、深く嘆息する。
「わー、可愛いフッチくんがまた見られて嬉しいなあ」
そう、当の本人だけが、常と同じにのほほんと笑んでいた。
「へぇ、ビュッデヒュッケ城っていうんですか…… って、船が刺さってる!」
取り敢えず、と城主への報告の道すがら、アップルは施設を案内していた。トラブルに巻き込まれやすい体質のおかげか、早くも順応しているフッチに苦笑が漏れる。物珍しげに周囲を見回すさまが微笑ましい。
「なんだかこの感じ……また星が動いたんですね」
「さすが察しが良いわね。そうよ、今回のあなたも地微星。私も同じく地伏星よ」
「そうなんですか。ビッキーさんも……あ、じゃあルックも居るんでしょう? やっぱり石版のところですか?」
友の名を呼び表情を輝かせるフッチに反して、アップルの表情は昏い。返らぬ答えにフッチは首を傾げた。
「……アップルさん?」
深い大地色の眸に覗き込まれ、アップルは息を飲んだ。真っ直ぐに見つめ返すことが出来ず視線を逸らす。
「ルックは……いいえ、ルックくんはここには居ないわ。石版も遠く離れた場所にあるの」
「え、でも、」
「──そう、ブライトも立派に成長したわよ。きっとあなたを待っているわ。さ、行きましょう」
そっと、けれど有無を言わせぬ力で手を引かれ、フッチは釈然としないまま素直にその背中を追った。未来のブライトの姿を思い描いて興奮を抑え切れなかったこともあるし、きっとルックに会えるという確かな予感があったから。
──太陽暦460年。
瞬きの紋章特有の歪む時空の圧迫感と共に宙に放り出されたフッチは、慣れた動作で受け身を取った。膝を付き嘆息する。
「またか……今度はどこに──って、」
こめかみに手を当てながら瞼を開いた先には、のんびりと瞬くビッキーが居た。
「あれあれ?? あなただぁれ??」
「誰って……」
まさか、と周囲を見渡す。過去に過ごしたあの石壁造りの城──
「──十五年、前だ」
すんなりと、そう理解出来てしまう自分が憎い。いや、この場合は喜ぶべきなのだろうか。
姿は違えど主の匂いを嗅ぎ取ったのか、ブライトがその背に張り付いてくる。後ろ髪を食まれ、自然天井を仰ぐ形になった。空へ、風へ、遠く想いを馳せる。ルック──ここには君が、居る。
そのとき、転移の風が頬を髪を撫ぜた。淡く光を散らす風の中から姿を見せたのは──
「ちょっとビッキー。時空が歪んだ気配がしたけど……またやらかしたんじゃないだろうね」
尻拭いする僕の身にもなりなよ、と悪態を吐いたあと、ルックは胡乱気に目の前の青年を睨んだ。
「誰だいあんた。……その竜冠、」
目を細め、何かに気付いたようにルックは嘆息した。ブライトが肯定するように一声鳴く。
懐かしい、今は敵となってしまった少年を認めた途端溢れ出しそうになる涙を堪え、フッチは精一杯の笑顔を作った。
「フッチだよ。──十五年後の」
「へー! 十五年後のフッチ!? 本当に!?」
事を荒立てないようにと内密に向かった先で、ぺたぺたと遠慮の欠片もなく全身を触られる。キラキラと眸を輝かせる彼は同盟軍の軍主リオウその人だ。フッチは苦い笑みを浮かべてそっとリオウを引き離すが、けれど彼の興奮は冷めやらない。
「へー! へー!! すごい! あの美少年がこんなことになるなんて!!」
「美少年って、」
「その格好……ってことは竜洞に戻れたの?」
逞しく成長した騎士然とした姿に、その辿り着いた先の未来が容易に知れた。
「ええ、おかげさまで」
リオウの満面に笑みが広がる。我が事のように喜びを露わにして、あれもこれもと続けて問うた。
「じゃあさ、じゃあさ、ブライトは!?」
それには、くちびるに人差し指を添えてそっと微笑むことで応える。
「あまり未来のことを話すのは憚られるので、断言は避けます。それに──僕の居た世界とこことは、正確には違う軸のようですし」
「? なんで??」
「十五年前に、時空を超えた記憶がないからです」
「ああ、なるほどなー。えーっと、ぱられるわーるど?てヤツ?」
うんうんと頷きながら、リオウは腕を組み首を傾げた。そうして思い付いたように手を叩く。
「そうだ、折角だからみんなに会ってかない? こんな面白いこと滅多にないもの!」
キラキラと輝く眸が眩しい。言いながらフッチの腕を掴み今にも駆け出そうとするリオウを何とか引き止める。
「いえ……こちらへの影響もありますし、遠慮しておきます。──ああでも、少し……ルックと話がしたい。構わないかい」
最後の問いは、窓辺に寄り掛かり静かに瞼を伏せているルックへ向けて。自身の名が出たことに不快気に一瞥する視線が絡んだ。
「何で僕なのさ」
答えはない。先に折れたのはルックだった。
「──煩いのが居ると面倒だ。僕は部屋へ戻るよ」
嘆息し、ロッドを振るう。転移の風が柔らかに舞った。
その言葉を了承と取って、フッチはルックの元へと向かう。何も聞かずただ手を振って見送ってくれたリオウに、小さく会釈をして。
──太陽暦475年。
フッチはブライトの大きな身体に包まれて、甲板から遠く湖を眺めていた。
ブライトが本当に竜であったこと、こんなにも立派に成長していたこと、フッチの姿かたちは違っても一目でそうと気付いてくれたこと、変わらず高く短く鳴いて甘えて頬を寄せてくれたこと、硬い鱗に覆われたけれど柔らかな熱で優しく包んでくれたこと、そのすべてが喜ばしく嬉しいものであったけれど、城の外へ出て感じた風に、フッチの胸は切なく苦しく締め付けられてならなかった。
風が泣いている。
その嘆き悲しむ声だけが、痛く胸に響いた。
ルックに何があったのだろうか。こんなにも悲鳴を上げて、何を求めているのだろうか。
「なあ、ブライト。ルックは……どうしているんだろう」
白銀に輝く鱗に顔を埋め、フッチはそう問い掛けた。キュイ、と小さく鳴く声が返る。
「どこに居るか……知ってる?」
応えはない。ただ静かに瞼を伏せる気配がした。
「……じゃあ、僕を石版のところまで連れて行って」
ビュッデヒュッケ城から少し離れた丘の上、寂しげにぽつりと存在していたのは──星の導きで集った者たちの名が刻まれた『約束の石版』。
「なに? 何か用?」
そう言って冷めた目で一瞥するルックの姿がちらついた。
石版の前には常にルックの姿が在った。師に託されたことを律儀に守っていたのか背くことすら面倒だったのか、朝も昼も夜も、晴れの日も雨の日も、どんなときもルックは守り人として石版と共に在った。
星が集ってゆくことに、日に日に石版に名が増えてゆくことに欠片も興味がない風を装っていたけれど、ときどき刻まれた名に触れていたことを知っている。あの眼差しを知っている。
風雨に晒され、守り人の居ないその石に触れた。ザラつき薄汚れたそれは、けれど確かに星々が刻まれていた。
一つ一つ確認するように指を滑らせる。
そうして見つけた『天間星』。
けれどそこに彼の名はない。刻まれるはずの名の代わりにあったのは、黒く冷たい平らな石の感触だけだった。
フッチは祈るように眸を閉じて、その星に額付けた。
──ルック、君に会いたい。
どのくらいそうしていたろうか、頬を髪を撫ぜる風を感じてゆっくりと瞬いた。小さく息を飲んで振り返ったそこには。
「君も大概数奇な運命にあるようだね」
ふうわりと転移の風を纏い降り立つルックの姿があった。
「──ルック!!」
「時空が歪む気配がして来てみれば……まったく、どうせまたビッキーなんだろう? 皮肉なもんだね、今さらあの頃の君とこうして出会うなんて」
一歩一歩草を踏みしめる。そうしてルックはフッチの前、けれど届かぬ位置に立ち止まった。
風色の双眸がフッチを射抜く。
その視線に絡め取られながら、何か、何かと言葉を探すも、結局は当たり障りのないものしか出てこなかった。
「髪、切ったんだね。なんか新鮮な感じ。法衣でもないし、まるで」
別人みたいだ、とは口の中だけで呟く。
射抜く眼差しはそのままに、ルックは言葉なくただそこに在った。
「気のせいかな、風が……泣いているように感じるんだ。ねぇ、ルック。こんな風のときの君はいつも、」
「君には関係のないことさ」
鋭く遮られる。
否定するようにフッチは大きくかぶりを振った。
「関係なく、ないよ! 友達の心配をするのなんて……当然じゃないか」
「友達……ね」
「そ、そりゃあ、ルックはそう、思って、ない、かもしれないけど……僕にとってルックは大切な友達だよ」
徐々に勢いを失くし尻すぼみに呟きながら、けれど最後はしっかりと視線を絡めて伝えた。
すうとルックの眸が細められる。その双眸に宿る感情の名を何と言おう。
一瞬揺らいだように見えたそれは、すぐに嘆息と共に消えた。
「ふん、勝手に言ってなよ」
「ねぇ、ルッ」
「ブライトが竜だってことも判って満足しただろ。ビッキーの鼻でもくすぐってさっさと帰ることだね」
「待っ、」
吹き荒ぶ風が視界を覆う。草が花が舞う。
そうして瞬きのあとには、ルックは気配も残さず掻き消えていた。
「ルック……」
届かなかった腕を握りしめ、フッチは俯く。頬を伝った涙を、風が浚うことはなかった。
──太陽暦460年。
逸る心を抑えるようにゆうるりと階段を昇り、ルックの部屋へと辿り着く。知らず震える手でノックを三度。いつもどおり応えはないけれど、拒まれているわけではないことをフッチは知っている。
小さく軋む扉を開くと、やわらかな風が通り抜けた。視線の先、窓辺に寄り掛かるようにしてルックが静かに佇んでいる。風色の双眸は窓の外、けれど景色ではないどこかへと向けられていた。
「で、わざわざ何なわけ?」
視線はそのままに、ルックはそう吐き捨てる。
けれど数度の瞬きのあとにも返らぬ応えに、苛立ったようにようやく振り返った。
扉の前に立ち竦むフッチの頬を、幾筋もの涙が伝っている。
ルックは一瞬息飲み瞠目するも、そんな自身の反応を誤魔化すように僅かに眉を顰めて舌打ちする。
「ちょっと、大の大人が泣くんじゃないよ。みっともない。何なんだいさっきから」
「っごめん。でも、ルックに会ったら……っ、この、風が優しくて、たまらない。ごめん」
知らず溢れ出す涙を乱暴に拭いながら、フッチはくちびるを噛み締め何度も何度も繰り返し呟いた。
「……そっちにも、僕は居るだろ」
「……うん、」
呆れたように深く嘆息するルックに短く返し、そうしてまた、部屋には沈黙が下りた。
鳥の囀りが聴こえる。
風にそよぐ細い髪を照らす木漏れ日が揺れる。
陽光に煌めく風の色が見える。
柔らかで、優しく、いとおしい、風がここに在る。
「ねぇ……君に触れても、いいかい」
不快気に冷えた視線に射抜かれる。
「お願いだ。一度だけ、君に触れさせてくれないか」
縋るように重ねて請われ、諦めたのか拒むことすら面倒だったのか、ルックは舌打ちして顔を背けた。
「……勝手にすれば」
たった数歩の距離が遠い。
震える腕を伸ばす。
冷んやりとした細い右手に躊躇いがちに、けれど消えてしまわぬようしっかりと、触れる。
そうしてその淡く光る紋章に──祈るように額付けた。
フッチの頬を、一筋の涙が伝う。
今も昔も変わらぬ姿の少年の身体を抱きしめる。
出会った頃は決して届くことのなかった背は、歳を重ねるごとに近付き──いつしか追い越し、見下ろすまでになった。細くけれど大きく力強く感じた身体は、本当はこんなにも小さく儚かったのだろうか。
自身の魂を砕き灰色の未来を壊すと言った、彼の姿を思い浮かべた。憂いに惑いながらも強く光を湛えた眸。
フッチに掛ける言葉はなかった。出来たのはただ、戦うことだけだった。
ルックを抱く腕に力が篭る。
その肩に顔を埋め声を殺して、泣いた。
震える全身で縋るように己を抱く青年を、ルックは表情もなく視界に入れた。
拒まず、けれど受け容れることもなく、その腕は下ろされていた。
ただ、風だけが柔らかくフッチを包み込んでいた。
「ごめん……ありがとう」
そっと、名残惜しげに身体を離す。
赤く濡れた眸のままフッチは微笑んだ。
見下ろしたルックの眸は長いまつげに半ば伏せられ、その双眸を彩る風色を見ることは叶わない。
「ねぇ、ルック」
静かにその右手を取る。
「たとえ君が百万の でも、僕にとっては掛け替えのないたった一人の友人なんだ」
途中吹き荒いだ風が言葉を浚った。
「何を、」
「覚えていてくれなくていい。ただ、これだけは知っていてほしい」
絡んだその熱を、焼き付けるように見据える。
「僕も、みんなも、君のことをあいしているよ。君が世界を、みんなをあいしているように」
「…………」
「──それだけ。みっともないとこ、見せちゃったな」
誤魔化すように苦く笑んで、髪を掻いた。
ルックはいつものように鼻を鳴らして視線を逸らす。
「別に。君がみっともないなんて最初からだろ」
「はは、違いない」
「それじゃあ。なるべくビッキーのところに居るようにするよ」
フッチはしばらく言葉を交わすことなくただ吹き抜ける風を感じていたが、振り切るように踵を返した。
「じゃあ、また。十五年後に」
「フッチ」
扉へと手を掛けたところで名を呼ばれ、弾かれたように振り返る。
翳った窓辺に、変わらず視線を逸らしたままのルックが居た。
「君はどこまで──知っているんだ」
ヒュと息飲み、そうしてまた泣きそうに顔を歪めてフッチは笑った。
「なにも。僕は何も──知ることは出来なかったよ」
「……そう。そうかい」
軋んだ音を立て閉まったのは、扉か心か。
これが最後だからと、その背にもたれフッチは泣いた。
──太陽暦475年。
黄昏色を映す鏡の前、ビッキーの元へとフッチは息を切らして駆け込んだ。
膝に手を置き俯くフッチの頬を伝うのは汗と──涙。
あとからあとから溢れ出すそれに目を見開いたまま、フッチは荒い息を吐いていた。
そんなフッチをやさしく見つめ、ビッキーは微笑んだ。そうしてふうわりと包むように抱きしめる。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。ルックくんはなんにも変わってなんかないよ。わたしたちが大好きなやさしいルックくんのまんまだよ」
「っうん、うん……!」
ビッキーは小さな身体で縋るように腕を回してくるフッチの震える肩を撫で、その柔らかな髪に顔を埋める。唄うように囁かれる言葉に、フッチの心は次第に落ち着きを取り戻していった。
「ありがとう、フッチくん。ルックくんのこ、っふえっ」
窓から吹き込んだ風がフッチの髪を浚い、ビッキーの鼻をくすぐる。
小さなくしゃみの音と共に、腕の中の少年は姿を消した。
──太陽暦460年。
フッチは重い足取りで階段を下った。途中誰に会うこともなかったのは幸いだったかもしれない。鼻をすすり赤い目をこする。こんなにも泣いたのはいつぶりだったろうか。
主の居ない石版の前を通り抜け、ビッキーの元へと辿り着いた。
彼女は相変わらずのんびりと、預けていた小さなブライトと声を弾ませ戯れている。匂いを感じたのか、ブライトがフッチに気付いてその胸に飛び込んでくる。きゅうきゅうと甘えるその柔らかな重みが、フッチの心に温かく染み渡った。
「あれあれ? フッチくんも花粉症なの??」
おそろいだね、と赤い目と鼻で微笑む。
「わたしもね、今日はなんだか目がカユくって鼻がムズムズ……っふえっ」
小さなくしゃみの音と共に、青年は姿を消した。
ころんと支えを失い落ちたブライトの、まあるい眸が主の姿を探し彷徨った。
そうして一瞬後、やはり同じように忽然と少年が現れた。宙に放り出され這うように落ちる。顔面を強かに打ち悶えながら顔を上げた先は──
「戻って、来たんだ……」
本来の時空。十四歳のフッチが在るべきところ。
「?? フッチくん、大きくなったり小さくなったり忙しいね??」
ほわりと首を傾げるビッキーに苦笑が漏れる。
腕によじ登ってくる小さなブライトを見つめ、遠い未来の相棒を思い描いた。
たった数時間離れていただけのこの場所が、なぜかひどく懐かしい。
先ほどまで感じていた──切なく胸を締め付けるあの風の痛みは今はない。
石壁造りの城を吹き抜ける風は、ただただ穏やかに暖かかった。
腕の中の小さな熱を抱きしめて、フッチは最後に一度だけ、涙を零した。
風の行方は、今はまだ──誰も知らない。
5.美少年
6.旅
7.イメージカラー
「フッチのイメージカラーって緑なんだけどさ、」
さっきみんなと話してたんだけど、と前置きして、フッチの部屋へ入るなりシャロンはそう言った。
(男の部屋へ気軽に入るな)(ノックをしろ)──そう思ったけれども、このお嬢さんに対し無駄であることを実に骨身に沁みて経験しているフッチは、ため息を心の内でひとつ。中ほどまで読み終えた書物を閉じながら続きを促した。
シャロンはお気に入りらしいベッドの定位置へ座り(これも以前散々注意したが無駄に終わった)、足をプラプラと揺らしながらフッチを見つめ、至極真面目な顔で
「地味だよね」
そう見事に鋭利に言い切った。
「……えーっと、どうも?」
フッチはこれにどう反応したものかと、数瞬言葉に詰まるも、『落ち着いたアースカラー』と称したいのだと解釈する。
フッチってエムだよね、と心なしか蔑むような冷えた目で下されたシャロンの不本意な評価に反論する間もなく、重ねて畳み掛けられる。
「髪の色も茶色でパッとしないし」
ひとつ、
「ファッションセンスもイマイチだし」
またひとつと指折り挙げられてゆく。片手で足りなくなったところでフッチの心は折れた。
「あの、そろそろ凹んできたんだけど」
そんなフッチの心情をよそに、シャロンは「次はフッチの番だ」と言わんばかりに石榴の眸をキラキラと輝かせ、言葉を待った。
シャロンのイメージカラー──これはもう考えるまでもない。彼女を見るたびにいつも感じているのだから。その鮮烈さ、その尊さを。
「お嬢さんは、金色かな。ありがちだけど」
なぜかシャロンの目を見つめることは憚られて──遠く正面の壁へ視線を移しながらフッチは言った。最後に微かな苦笑を浮かべて。
「ム。ありがちって何さ」
『ありがち』という言葉に気分を害したのか、シャロンは頬を膨らませて抗議した。
「ああ、ごめんごめん。そういうつもりじゃなくて──そう、みんな言うだろう? 僕は、ミリア団長やヨシュア様に次いで君のことを誰より知っているはずなのに、同じことしか言えないのはちょっと悔しいな、て」
シャロンについてはそう、きっと誰に聞いても同じ答えが返ってくるに違いない。彼女の煌めく金の髪それだけでなく、その存在自体が鮮烈に輝いている。ワガママいっぱいに好き勝手に周囲を引っ掻き回してゆくけれど、それを本当に嫌う者などいなかった。団長の娘ということを抜きにしても、シャロンは皆に愛されていた。夏の日差しのような光に皆が惹かれていた。
だからこそ、フッチだけのシャロンを見出したかった。これは独占欲だろうか。
「そ、そうだよ! ちょっと気の利いた表現ひとつ出来ないなんてさ! レディに対する礼儀がなってないよね!」
フッチのささやかな独占欲を感じ取ったシャロンは、頬を染めきょろきょろと忙しなく視線を彷徨わせながら、両脚の間で指を組み替えては絡めを繰り返しながら言った。赤い頬は怒りのためなのだと言い訳するように、最後は睨みつけて。
そんなシャロンをやさしくいとおしく見つめていたフッチは、くすと微笑んだあと、またひとつ。
「空を翔けているときの射すような眩しさとか、君に似てる。太陽みたいな君がすきだよ」
今度は真っ直ぐに視線を絡めて大切に言葉を紡いだ。
「な、も、あ、ありきたりだよね! 捻りが足りないよ!」
シャロンは思わずベッドから立ち上がり、フッチの目の前へ人差し指を突きつける。
「そ、それに好きとか軽ーく言っちゃってさ、」
羞恥に耐え切れなくなったのか、勢いをなくしぼそぼそと呟きながら、シャロンはことりと顔を下ろした。
フッチは意外なものを見たというように目を瞬かせ、そうしてまたくすと微笑む。
「僕が君を好ましく思っていることは事実なのだけれど」
ワガママ姫っぷりには手を焼かされるけれどね、と言ってフッチはシャロンの手を取った。騎士のようにくちづけることはしないけれど、このいとおしさが伝わるように。
ひくりと上げた顔をこれ以上ないほど紅潮させたシャロンは、思い切りフッチを睨みつけ、ひとしきりブツブツと罵った。そんな言葉にさえ嬉しそうにフッチが笑むものだから、シャロンは悔しそうに口を尖らせる。
「フンだ。ボクの気持ちなんて全然判ってないんだから」
「ん?」
「べっつに!」
(ああ、フッチなんかに負けるなんて!)
8.ありがとう
カシム・ハジルを新たに仲間に迎え、いよいよ帝都グレッグミンスターへの進軍が目前となった。遠征したその足のまま大広間での軍議を終え、皆を労い解散する。ティエルは腕を伸ばし肩を鳴らしながら、ふと気付いたように振り返った。
「そうだ。モラビア城で手に入れたもの、イワノフとユーゴに渡さないと……」
誰が預かってくれていたのだっけ、と問うティエルに、フッチが手を挙げる。
「あ、おれ。絵の具なら持ってる」
言いながら背負った袋を漁るフッチを、ティエルはその手を取ることで制した。
「丁度良い、おいでフッチ。君も一度イワノフの絵を見てごらん」
「おれ、別にそんなの、」
聞こえていないのか敢えて聞かずにいるのか──フッチの手を取る左手に一度緩く力を込めたあと、ティエルはするりと階段を下り始めた。それに抗うことを許されぬまま、フッチは慌てて助けを請うように背後の仲間を振り返る。けれどカイもビクトールも──そしてフリックも、ただ笑みを向けるだけで。……助けは期待出来そうになかった。薄情な彼らに眉を寄せ頬を膨らませる。そうしてフッチは強く腕を引いた。
「ティエル! おれ一人で歩けるったら! 離せよ!!」
「だめ。離したら君、風のように逃げてしまうもの」
振り向かぬまま、どこか楽しげにティエルはさらりと言い放つ。フッチはますますくちびるを尖らせ、重ねて抗議しようと口を開いた──ところで、前行くその背に強かに鼻を打ちつけた。
「あいたっ! このっ、いきなり止まんな!」
絶対わざとだ──フッチにはそう思えてならない。そうして鼻を押さえながら拗ねたようにそっぽを向く。振り返り、ティエルは困ったように肩を竦めて笑んだ。
「ごめん。もう着いたよ」
そう言って繋いだ手もそのままに、二人は顔料の匂いの混じりこもるその部屋へと足を踏み入れた。
イワノフは壁一面のキャンバスを前に深く項垂れながら、片手で顔を覆い長く息を吐いた。そうして気付いたように振り返る。その相貌はひどく憔悴していた。眼孔は窪み隈に縁取られ、頬はこけている。あまりの様相にティエルもフッチも──言葉を紡げずにいた。
「ああ……ティエル、あんたか」
イワノフは吐息を滲ませ、くちびるを辛うじて笑みの形に象った。そうしてまた、背を向ける。
「どうしても、どうしても見つからない。あと少しだというのに──それが何なのかさえ、わしには判らないのだ……!」
苦悩の嘆きで空気を震わせ髪を掻き毟る。ティエルはフッチに絡ませていた指をやんわりと解いたあと、イワノフの背中へと手を触れた。そうして落ち着かせるようにゆうるりと撫ぜる。
「焦らないで、イワノフ。目を心を、広く持つんだ。こんなに自分を追い詰めていては……見えるものも見えない」
最後に一撫ぜし、軽く肩を叩いた。
「マリーのところへ行って、レスターにあたたかいシチューを用意してもらおう。そうしてまた、君の世界に向き合えば良い」
イワノフがゆるゆると顔を上げると、覗き込むティエルの双眸へと自然惹き寄せられる。このトランの城を守る湖のように凪いだ眸。その奥に見える自由と解放の──
「なぁ、これ。オッサンに渡さなくていーの」
ぱちんと、泡が弾けるようにイワノフの思考が霧散した。どこか不機嫌な様子の小さな少年が、ティエルの後ろから顔を覗かせる。差し出された手に在るそれ、
「少年! あんた、これ、これは……!」
大きく音を立てて椅子を倒しながら、イワノフはフッチへと駆け寄りその手ごと絵の具を握り締めた。イワノフの勢いと必死の形相に口元を引き攣らせながら、フッチはティエルへと視線を投げる。そうしてようやく気付いたように、ティエルが頷いた。
「すまない。あなたがあまりにもひどい様子だったものだからすっかり忘れていた」
離すまいと固くフッチの手を──正確にはその手にある絵の具を──握り締めるイワノフの両手をやんわりと解いて、その手のひらに請われるまま捧げ置いた。
「イワノフ、これは先の戦いで手に入れたものだ。あなたの世界を彩るものだ。どうか受け取ってほしい」
手のひらに収まる小さなそれを、イワノフは震える両手で包み持った。そうして見開かれた眸から大粒の涙があとからあとから零れ落ちる。
「──これだ、これがわしの求めていた最後の色だ……! 新たな命を育む春の息吹の色、世界を満たす愛の色だ!」
腹の底から搾り出すように、涙と共に声を震わせた。包み持つ絵の具へと祈るように額付き、何度も何度も礼を言葉を尽くす。
ひとしきり満足したところで、ようやくイワノフは顔を上げた。その相貌は涙でぐちゃぐちゃだったけれど、満面の笑みに彩られていた。
「ありがとう、ティエル。ありがとう、小さな少年。これでわしは、この絵を完成させることが出来る」
そう言って、背後の壁画へと振り返る。
気付いたときには、イワノフはティエルたちなどには目もくれず一心不乱に筆を滑らせ始めていた。先ほどまで今にも死んでしまいそうなほど打ちひしがれていた姿は最早ない。ティエルとフッチは互いに顔を見合わせほんの少し噴き出したあと──部屋を静かに後にした。
その夜、宛がわれた部屋でうつらうつらと微睡んでいたフッチの元に、そっと忍び寄る影があった。思わず悲鳴を上げそうになるフッチの口元を覆い、影──ティエルは逆の手で自身のくちびるへと指を当て囁いた。
「静かに。皆が起きてしまう」
「ぷっは! ちょ、『静かに』じゃないだろ! なんだよこんな時間に」
その手を引き剥がしぶつぶつと罵倒しながら、フッチはベッドから飛び降りた。ティエルはそのまま背を向け歩き出す。
「おい、なんだいもう。夜逃げでもすんのかい」
「まさか。──イワノフの絵が完成したって。こんな夜中だけれど一番に見せたいのだと言うから君もと思って」
湖面の波音と、二人の小さな足音だけが夜のしじまに響く。そうして階段を昇りきった先に、ただ一つ灯りの灯された部屋が見えた。
「すまんな、こんな遅くに」
迎えたイワノフはそう言って、二人に温かいカップを差し出した。ティエルには紅茶を、フッチにはミルクを。フッチはほんの少し眉根を寄せ、けれど怒るのも大人気ないとばかりに静かに目を伏せ口付けた。
「ようやく完成したんだ。あんたらのくれた最後の色のおかげだ。だからあんたらに一番に見てほしかった」
言いながら、壁画を覆う布を勢い良く引いた。
そこには、力強く前を見据え棍を構えるティエルを中央に、剣を手に不敵に笑むビクトール、憂う眸のオデッサ、星詠み祈るレックナート──たくさんの仲間たちの姿が在った。
そして──
「ブラック……」
天高く羽ばたく黒竜とその背に跨り風を駆けるフッチの姿が、描かれていた。
「なんで……ブラックが、」
フッチは魅入られたように茫然と目を見開いたまま、震える言葉を紡いだ。一歩、二歩と近付き見上げる。
「失礼だがあんたのこと、ティエルに聞かせてもらった。どうしても最後にあんたの姿を描き足したくてな。そして、その悲しみと強さを、知った」
びくりと肩を震わせるフッチの背を見やり、イワノフは壁画へと視線を戻した。そうしてゆっくりと踏み出す。
「ティエルの話すあんたの姿は、わしの求める自由の色を空へとえがいていた。──あんたをえがくことで、わしは自由の色にまた一つ近付けた気がする」
辿り着き、壁画へと触れた手はそのままに、振り返りフッチを見つめる。
「ありがとう少年。いや……フッチ」
す、と差し出された大きな手に、フッチは戸惑い俯いた。そうしてふるふるとかぶりを振る。
「おれ、おれ。だってもう竜騎士じゃ、ない。自由に空を飛ぶことなんて出来ない! だから、だからあんたの言う自由の色なんてもう……持ってない……!」
ぼろぼろと大粒の涙を零しながら荒く息を吐く。きゅうと夜着の裾を握り締め、恥じるように慌てて目元を拭った。
「でも、ありがとう……おれのブラックを描いてくれて。ブラックは、もう、いないけど、でも。この絵を見たら、みんなブラックのこと……思い出してくれるよな。すごい竜だったんだって。空を自由に駆ける、おれの自慢のブラックのこと、」
拭っても拭っても溢れ出す涙を散らしながら、フッチはようやくイワノフへと笑みを向け──その手を握り返した。照れ隠しにかそのまま乱暴に上下に振り回し、勢い良く離す。目を瞬かせるイワノフへもう一度歯を見せ笑んだあと、チラと壁画へと視線を投げ噴き出した。
「でもこのティエル、ちょっとカッコ良すぎじゃないかい。本物はこーんななのに」
言いながら、フッチは悪戯な笑みと共にティエルを仰ぎ見た。
二人の遣り取りを静かに見守っていたティエルは、あまりの言い草と共に向けられた矛先に二度三度瞬いて。
「言ったね、この!」
フッチの背後から腕を絡め抱き、その小さな頭へ顔を埋めて小突き回した。
深夜であることも忘れ高く声を上げながら笑い転げ回る少年たちに、イワノフは肩を竦めて笑んだあと──ゆうるりと壁画を見上げた。
最後の愛の色で完成したこの絵のように。長きに渡る戦の先に生まれるものが、悲哀と憎悪に塗りつぶされぬ──愛に満ちた世界となることを願いながら。
9.約束
「ボクをはなよめさんにしてね」
やくそくだよ── そう、小さな少女が言ったのはいつのことだったか。やわらかな指を絡めて交わした、約束。それは少女の一方的なものであったけれど、それでもフッチの心に仄かに熱が灯った。ささやかな──けれど大きな意味を持って。
「──懐かしい、夢だな……」
フッチに宛がわれたビュッデヒュッケ城の一室、窓から射し込む陽光の明るさに、起床時刻をとうに過ぎていることを知る。昨夜は調子に乗りすぎたようだ。これは負けられない戦いだと言って──
「あ、もォ、フッチやっと起きた!」
不機嫌に荒い足音を立てて、シャロンがフッチの枕元へ顔を寄せる。上体を起こしながらその軌跡を辿るように視線を隅へやると、そこには凄惨な様相が広がっていた。
「……おはよう、シャロン。取り敢えずあの惨状の弁明を訊こうか」
フッチはこめかみを押さえながら、部屋の隅を指差した。シャロンは枕元で頬杖をついたまま、それを横目で見やる。
「だってフッチが悪いんじゃん! 蹴っても乗っても起きないんだもん。つまんないからアイクさんから流行りの本借りて読んでたの。読書なんてどれもすぐ飽きちゃったけど」
ボクってアウトドア派だからね、と悪びれもなく語るシャロンに深くため息を吐きながら、片付けを促した。しぶしぶとけれど素直に応じる姿に苦笑を浮かべ、フッチも手を貸すことにする。きっとお嬢さん一人では、昼まで経っても終わらないだろうから。
「フッチさー、昨日『誉れ高き六騎士』たちと呑み比べてたんでしょ? あのヒトたちみんなカッコイイよね! まさに『ナイト』ってカンジでさ!」
誰かさんとは大違いだし、とぷくくと笑うシャロンの視線を苦く受け流し、そのまま作業を続けていると、ふと見覚えのあるタイトルが目に入った。大切に手に取り、表紙を開く。それに気付いたのか、シャロンが横から覗き込んだ。
「懐かしいな……。君が本当に小さな頃、よくせがまれて読み聞かせていたね」
もう十数年も前だろうか、シャロンはその年頃の例に漏れず絵本が大好きだった。その中でも特にお気に入りで、何度も何度もせがまれて読み聞かせた一冊だった。
「身分差を乗り越えてお姫様と騎士(ナイト)が結婚式を挙げる場面で、お嬢さんったら、」
「──ボクを花嫁さんにして」
フッチの言葉を遮ってぽつりと呟かれた想いに、過去と現実とが交錯する。
「ホントに幸せそうな二人が羨ましくって、ボク訊いたよね。そうしたら『お姫様は花嫁さんになったんだ』──って。『花嫁さん』になったらこんなにキレイで賑やかで楽しく幸せになれるんだって思ったら、もう居ても立ってもいられなくって──」
過去をなぞるように、シャロンは細い小指を差し出した。
「ボクをはなよめさんにしてね」
いつかの少女のような無垢な眸で、けれどどこか大人びた眼差しで。
フッチはわずかに瞠目したあと、やはり過去をなぞるように指を絡めようとして──
「僕は白い馬に跨った騎士様ではないけれど?」
そう、躊躇うように囁いた。
しょうがないなあ、とため息を一つ、シャロンは奪うようにフッチの小指へ自身のそれを絡め、
「だって、ボクの騎士様は白い竜に乗って来るんだから!」
そう言って、頬へとくちづけを贈った。絵本の中の二人のように。
10.騎竜と竜騎士
11.手向けの花
こわい夢を見たのだと、幼い少女は言った。
淡い金色に縁取られた眸からほろほろと涙を溢れさせて。
そうして頬を濡らしながらもなお変わらぬ表情のまま、躊躇いがちに少年の右手をゆっくりと握りしめた。触れるぬくもりが幻でないことを確かめるように。
「僕はここに居る」
少女の震える手を握り返し、少年は風を呼んだ。
柔らかな流れが少女を包む。
「だから夢はもう、見ない」
「はい、ルックさま。セラはもう、こわくなどありません」
そう言って涙色の眸は抗うことなく閉じられ、ふうわりと少年の膝へと倒れ込んだ。
その姿を無表情に一瞥し、ルックは窓の外へと視線を移した。
眼下の庭園には、眩く降り注ぐ陽光を受けて色取り取りの花が咲いている。数瞬灰色に染まるそれらに僅かに眉を顰めるが、瞬きのあとには変わらぬ鮮やかさがあった。
どくどくと早鳴る心臓を深く息吐くことで抑え、未だ繋がれたままの少女の小さな手を、我知らず縋るように握りしめた。安らかな眠りの中にいる少女が赤子のように握り返してくることに、目の奥に熱が灯る。
「『夢はもう見ない』か、」
呟きながら俯き、自嘲気味に笑む。そうして自身を苛む灰色の夢から逃れるようにかぶりを振った。
風が唄う。
風が踊る。
少女を膝に抱いたままどのくらい経ったろうか、ルックは風の歌声を聴き顔を上げた。
窓の外、遠く空を見やる。高く声を響かせ、雲間より飛来する影があった。
視線を戻しため息を一つ。読みかけの書物を閉じて、頬を撫でる柔らかな風を鬱陶しげに払った。
白い影が庭園へと降り立つ。
その背から青年が表れると、風たちは一層賑やかに唄いだした。
「まったく、煩いったらありゃしない」
言いながらルックは頬杖をつく。こちらへ手を振る青年を一瞥するも、応えることはしない。青年も素気無い態度に慣れているのか軽く笑んで肩を竦めるに留まり、塔へと緩やかに歩を進めた。
「やあ、ルック。久しぶり──と、ごめん」
そう言って顔を見せたフッチは、ルックの膝元で眠る少女に気付くと声を落とした。
「別に。風で眠らせてあるから起きやしないよ。それよりも君が来ると風が煩くて、そっちの方が鬱陶しいんだけど」
「そうかい? ここの風はいつも賑やかで優しいから、君が僕を歓迎してくれているんだとばかり思っていたよ」
「──バカじゃないの。勝手に言ってなよ」
心底不愉快気に顔を歪めるルックに、フッチは噴き出すように笑んだ。
そうして二人は、他愛もない話をぽつりぽつりを交わした。ほとんどがフッチの一方的なもので、ルックは相槌さえも面倒だと言わんばかりの態度であったけれど。
その冷ややかな表情とは裏腹に、傍らで微睡む少女の髪に触れる手付きは優しく愛おしさに満ちていた。部屋を抜ける風も暖かく柔らかい。ルックは否定するけれど、風は彼そのものだ。何よりも雄弁にその心を伝えてくれる。自然、フッチの表情が緩む。
「その締まりのない顔はなんなのさ」
胡乱気に目を細め吐き捨てられる言葉にも、フッチの笑みは揺るがない。
「いいや、なんでも?」
今はこの、穏やかな風を近くで感じていたかった。
そうして空が黄昏色に染まり始めた頃、フッチは魔術師の塔を後にした。
最後に交わしたルックの言葉が、チリチリと嫌な感触と共に耳に残って離れない。
「──運命とは、定められたものだと思うかい」
ブライトへ手を掛けた瞬間風に溶けるように微かに紡がれたそれは、彼の師のいつかの言葉を思い起こさせた。
数年の間に随分と追い越してしまった位置からでは、ルックの眸を見ることは叶わない。いつものようにここではないどこかへと想いを馳せているのだろうか。きつく握られた拳だけが、唯一彼の感情を推し量れるものだった。その甲には、風の主である証が淡く光を発している。
風が花びらを浚う。
それを静かに見送ったあと、ゆっくりとフッチは口を開いた。
「僕たちは星の巡り合わせによって出会ったけれど、それでも運命を紡ぐのは人の想いだ。そうして僕らは今を勝ち取ってきたじゃないか」
解放戦争を。
統一戦争を。
数多の歴史を。
人の想いこそが星を動かした。
「運命は、定められたものでは──ない」
人の想いだ、と最後にもう一度だけ告げる。
ようやく絡んだ風色の双眸は、彼らしくなく揺らいで見えた。
「そう、そうだね……未来を紡ぐのは、ヒトの想いだ」
──紋章なんかじゃ、ない。
そう、くちびるだけが言葉を象り、空気を震わせることはなかった。
瞬きの合間に浮かぶ灰色の未来を、ルックはきつくフッチを見据えることで掻き消す。
その双眸に宿る強い光が、フッチが最後に見たルックの姿だった。
いつからだろう、風が笑わなくなったのは。
いつからだろう、風が唄わなくなったのは。
代わりに響いてくるのは、慟哭。嘆き悲しむ音色だけがフッチに届くすべてだった。
そうして──この草の大地で、風は終焉を迎えた。
彼の最期の地を、フッチはブライトの背から遠く見つめていた。
もう風に彼を感じることはない。
風が笑い楽しませてくれることも。
風が唄い慰めてくれることも。
風が泣いて胸を締め付けられることもまた、ないのだ。
紋章の器である自身を殺すことでヒトガタの少年はヒトとなり、その想いで未来を紡いだ。彼の憂いた灰色の夢は、鮮やかに色付いてゆくだろうか。決して色褪せることのない、二人笑い過ごした遠いあの日々のように。
フッチは小さくかぶりを振って、儀式の地を後にした。
ブライトへと添えた手が震える。くちびるを噛みしめたとき、小さな腕が背を抱いた。少女はただ、そのいのちの温もりを伝えるようにフッチを抱きしめる。
その柔らかな熱に頬を伝った涙は、花弁のように空へと散った。
12.振り返って
フッチとシャロンは一旦ブライトを降り、カレリアへと至る山道を登っていた。偵察の命を受けグラスランドに来た以上、目立つ行動は避けたい。シャロンは不満げにくちびるを尖らせていたが、半ばへと差し掛かった頃には眼下に広がる景色にすっかり機嫌を良くしていた。
「すごい、すごーい! ねぇねぇ、ボクたちあの向こうから来たんだよね!」
遥か遠く、空気に霞む山を指し、シャロンは興奮気味に叫んだ。そうしてはあちらを指し、こちらを差し、飛んでは跳ねたりを繰り返し、山道を駆け上がる。すぐ隣は崖であることはまったく意に介さないらしい。
「あまり走るな! 転ぶぞ!」
フッチはゆうるりと景色を堪能していた歩調を速め、遠く前を行く背中に叫ぶ。それにうるさげに振り返ったシャロンは、しかめ面で舌を出した。そうしてまた、変わらぬ足取りで駆けてゆく。
諦めたようにため息を一つ、フッチはせめてと少女の足元に目を配り歩いた。
山頂に近付くにつれ風が強まる。鬱陶しげに髪を押さえながら、フッチは眼下へと視線を移した。目的の街が見える。シャロンに知らせるべく顔を上げると、一層吹きすさんだ風に翻った布地があった。
不可抗力だ。
「……見た!?」
そう叫んで鋭く振り返ったシャロンは羞恥に頬を染め──いや、怒りに頬を染め、スカートを押さえながら眉を吊り上げて叫んだ。
不可抗力だ。
「……いいや? 何も」
不可抗力だ。
「その間がアヤしい! こンのむっつり!!」
一歩一歩暴言と共に戻ってくるシャロンの横をすり抜けるように、フッチは黙々と歩んだ。そうして今度は背後からの罵声を浴びる。後ろめたさからかしばらくは堪えていたが、少女らしからぬ卑猥な単語が混じり始めた頃、ようやく口を開いた。
急に立ち止まったフッチの背中に、勢いを殺せずシャロンが突っ込む。
「誰だお嬢さんにそんな卑猥な言葉を教えたのは! そもそも君のその格好はなんだ!」
目元を染め、少女の格好を指差し叫ぶ。
「なんだとはなによぅ! 竜洞の最新流行ファッションなんだから!」
言いながら、シャロンはスカートの裾を持ち上げ主張するようにはためかせた。フッチは思わずシャロンの腕ごとスカートを制し、深く息を吐く。ますます染まった少女の表情には気付かない。
「とにかく! 女性騎士の専用の下着があっただろう、それを──って、どうしたんだい」
ふるふると眸を潤ませるシャロンの視線を辿る。そうしてようやく自身の両手が少女の腕ごと太ももを掴んでいることを知った。──遠く、懐かしいブラックの声が聴こえた。(僕ももうそっちへ行くかもしれない)
「……もうお嫁に行けない……」
その石榴の眸よりも紅く紅く頬を染め、ふるふるとシャロンは零した。
「──責任は、取る」
常にない少女の様子にフッチは痛切に眉を寄せ、至極真面目な顔で重く言葉を紡ぐ。
「……お母さんに言いつけてやる」
潤んだ眸で下から睨み上げられ、とうとう走馬灯が見えた。
「──ミリア団長にもヨシュア様にも──お詫びのしようもない」
そうして、フッチは覚悟を決めたように瞼を閉じ、頭を振った。
「じゃあこの手をどけろエロフッチぃぃいいい!!」
瞬間、少女の見事な回し蹴りが決まる。そこでようやく未だ掴んだ手がそのままであったことを悟るが遅い。
甘んじてそれを受けたフッチが正気に戻った頃には、シャロンの姿はどこにも見当たらなかった。
これは、フッチが炎の運び手一行と出会う──少し前のお話。
13.失敗
14.たまには
「シャロン?」
ノックを三度、返事はない。
書類を片手にフッチは首を傾げた。通りすがりに尋ねた従騎士によると、先ほど自室へ戻ったばかりということだったが。
「すまない、失礼するよ」
もう一度だけノックをしたあと、そう声を掛けて扉を開けた。女性の部屋へ許可なく立ち入ることへの少しの罪悪感を感じながら、シャロンとて人の不在時にも関らず部屋を荒らし回っているのだから、お互い様なのだと言い訳をして。最後に、書類を届けるだけなのだとも加える。
果たしてそこには、ベッドの上で大の字になって眠る少女の姿があった。片足を床に投げ出し、腹部は露わに、ただでさえ短いスカートの裾は捲れ上がっている。
フッチは深くため息を一つ。書類を机の隅に置き、何事かをブツブツと呟きながら放り出された足をそっと持ち上げ──さすがにスカートに触れることは憚られた──ブランケットを掛け直した。
そうして一息ついたあと、何とはなしにその寝顔を見つめ、さらりと額にかかる髪を梳いた。安らかな寝息をたてて口元が僅かに笑んでいる。楽しい夢でも見ているのだろうか。
「いつもは、僕が寝ているといつの間にかシャロンが居て……何かしらイタズラしていくんだよな」
囁くように呟き、たまには僕が仕掛けてみようか、などと考えて、あとのことを思い──留まった。
(恐ろしい)(何が返ってくるか判らない)
「こうして寝ているときは天使なのだけれど」
その姿を眺めて、肩をすくめながらフッチは微笑んだ。
「──起きているときの小悪魔っぷりときたら」
額から髪へと撫ぜていた手を頬へ滑らせる。
(まあ、そこがシャロンなのだけれど)
もう一度額を撫ぜ、その滑らかな肌にくちづけを一つ。
「おやすみシャロン。良い夢を」
15.髪結い
「……お嬢さんはまた勝手に人の部屋に……何度言ったら判るんだい」
フッチが入浴を終えて自室へ戻ると、ベッドの上でシャロンが寛いでいた。ゴロゴロと日向で喉を鳴らす猫のように、ころりと寝転がったまま「おかえり」とだけ口にする。小言はやはりいつもどおり聞き入れられなかった。
ため息を一つ、奥の椅子へ腰掛ける。汚れと疲れを落としてきたばかりだというのに──既に精神が疲労していた。首に掛けたままのタオルで、濡れた髪を荒く拭う。
頬杖をついたままシャロンはそれを横目で見やっていたが、思い出したように立ち上がり、フッチの後ろ髪をくいと引いて問うた。
「フッチっていつから髪伸ばしてたっけ? だいぶ長くなったよね」
髪に絡む指にくすぐったさを感じ、フッチは肩をすくめて笑む。
「二十歳を過ぎた頃からだったかな、短いと若く見られがちでね」
「うわ、フッチってばそんな若いうちからオッサンに見られたいとか……マゾ?」
「いやいやいや」
何かとてつもない誤解がある気がする、とフッチは振り返り弁明しようとするが、髪を強く引かれることで遮られた。
「まァでも、フッチって童顔だしね。それに、フッチがココに居ない間に入ったヒトたちには、けっこーナメられてたカンジ。──フッチはともかく、ブライトのことまで悪く言うヤツらなんか許せないよ!」
フッチの髪を戯れに三つ編みに結いながら、シャロンは当時を思い出したのか不快気に眉を歪ませた。
解放戦争の折、騎竜を喪ったフッチは掟に従い砦を追放された。数年後のデュナン統一戦争を経て新たな竜を得た彼は、そうしてようやく竜洞騎士団へと復帰を果たしたのだった。
自らの過失により騎竜を亡くしたフッチにも、また前例のない白き竜であるブライトに対しても騎士団内部の──特に若い騎士たちの──風当たりは強く、当初は謂れのない悪意を向けられることが多かった。
それも今は昔。
「今は皆、良き友人だよ。僕たちには必要なことだったんだ、きっとね」
ありがとう、とやさしい声音で小さく呟かれたフッチの礼に、シャロンは頬を染めた。照れ隠しに荒い手つきで髪結いを終える。次は二つ結びにしてリボンを付けてやる、などと企みながら。
「シャロンは髪、伸ばさないのかい?」
手持ち無沙汰にフッチはそう口にした。
「なになに? フッチは長い髪のオンナノコが好みなんだ〜?」
シャロンは三つ編みを解き再度結い直しながら、ニシシと悪い笑みを浮かべる。「どうしてもって言うんなら、伸ばしてあげてもイイけど?」と加えて。
「いや? 好きなひとなら何でも構わないけれど」
「うわ、クッサ」
蔑むように鋭く言い切られ、フッチは力なく沈黙した。
「……シャロンはめんどくさがり屋だしね。今の短い髪が一番良いと思うよ」
「ム。いやぁ、わっかんないかな〜? これは団長であるお母さんへのケイイってゆーか」
「はいはい」
「ムム! ロングヘアでモッテモテのボクを見て後悔しても遅いんだからね!!」
シャロンは気分を害したのか、フッチの髪を乱暴に解く。そのまま荒い足取りでベッドへ飛び込み、壁を向いてしまった。フッチは困ったようにしばらくその背中を見つめていたが、くすと苦く笑うと立ち上がり、ベッドの端へと腰を下ろした。
「それは困るな」
サラと金の髪を梳く。
「君がそうおいそれと浚われるようなことがあっては、兄としても教育係としてもいただけない」
『兄』という言葉に眉を寄せ、ますますくちびるを尖らせるシャロンの髪をやさしく撫でながら、フッチは続ける。
「だから、『どうしても』僕のためにショートヘアでいてくれないかい」
そうして手に取った一房の髪へとくちづけた。
そこでようやく身体ごと振り向いたシャロンは、ズルいと抗議するようにフッチを見たあと、その髪を引き希う。
「……フッチがボクのために髪を伸ばしてくれるなら」
フッチは瞬きを一つ二つ。
「そうだね。君の分を僕が伸ばすとしようか」
そう言って、二人は視線を絡め、噴き出すように笑った。
16.剣術だって出来る
騎士らの指導を終えたフッチは、訓練所の隅で大剣の手入れをしていた。
その眼差しに柔らかな熱が灯る。ブライトへ注がれるものとはまた別の、大地色の温もり。時折静かに瞼を閉ざして思い浮かべているのは何だろうか──誰だろうか。
ふと見上げた先で目にしたそれに何となく面白くない気持ちを持て余しながら一通りの修練を終え、シャロンはその背中に寄りかかるように座り込んだ。
「この竜バカの剣オタクー」
一言ごとに首を反らし気味に思い切り体重をかける。不名誉な称号に脱力したのか、抗いもせずフッチの身体が前へ前へと傾いてゆく。
「──竜バカは認めるけれど、剣オタクって、」
「だって、すっごいいやらしい目付きだったじゃん!」
「いやらっ──あのなぁ」
フッチは前傾姿勢のまま剣を抱いて嘆息する。背中合わせの位置からではシャロンにその表情を窺い知ることは出来ないが、頬を引き攣らせてこめかみに手を当てているさまが容易に想像出来た。
「ハンフリーさんから貰って嬉しいのは判るけどさあ」
つまんない、と心の中だけで呟いてシャロンはくちびるを尖らせた。あんなにも愛おしさに満ちた眼差しの向けられる先が、例え無機物であったとしても面白くないのだ。それこそつまらない独占欲だと判っているけれど。
苛々をぶつけるように寄りかからせていた背中を丸め、膝を抱える。寂しげに離れていったそれに少しの苦笑を漏らして、今度はフッチがそっと背を預けた。
「そういうお嬢さんも、シグルトを眺めてときどき笑っているじゃないか」
「!! 知らないよっ、カンチガイじゃないの!」
無意識の行動を見咎められていたことへの羞恥を誤魔化すように、シャロンは声を荒げた。
フッチから譲られた──正確には無理矢理奪った──槍を手にするたび、言い様のない喜びが湧き上がっていたのは事実だ。フッチが命を預けまたそうして彼を守ったそれに、今はシャロンが命を預けている。フッチに守られているような気がした。そう思うと自然頬が緩むのだ。
それを本人に見られていたことを知って、あまりの羞恥に叫び出したくなった。鈍感なこの男のこと、笑みの意味にまでは気付いていないかもしれないけれど。
人のことをとやかく言える立場ではなかった、と慌てて話題を変える。
「そ、そういえば! フッチってどこで剣習ったの? ボクたちって槍しか使わないじゃん」
歴代の竜騎士でも、槍以外を得物としていた者は居ない。フッチが剣を手にした当初は、周囲に随分反対されていたようだった。その剣術を以ってすぐに納得させてはいたけれど。
「そうだね……僕の師はハンフリーさんだけれど、最初の剣の師はフリックさんだったんだよ」
「フリックって──『青雷のフリック』? お母さんから聞いたことあるよ。解放軍の副リーダーだったって、」
もう十五年も前になるだろうか。フッチは遠く解放戦争の頃へと思いを馳せながら、噛みしめるようにゆっくりと口を開いた。
「フリックさんは、ブラックを亡くして失意の底に居た僕を『剣術を教えてやる』と言って連れ出してくれたんだ」
ヨシュアの前では気丈に振る舞っていたが、騎竜を亡くし竜洞を追放されたフッチは食事もほとんど口にせず、独り部屋に閉じこもりただブラックを想い涙していただけだった。甘えなのだと判っていても、それでも十もそこそこの少年にとって、自身の半身をもぎ取られた痛みは心に深い傷と昏い影を落とすものだった。
そんなフッチを皆が気遣ってくれていたが、そのことにさえ気付けないほど子供だった。
そうして数日が経った頃──突然フリックが扉を蹴破る勢いで現れ、フッチを無理矢理外へと連れ出した。
「そう暗い顔すんな。俺が剣術を教えてやるからさ」
竜洞との別れ際にも言われたその言葉を、同じように乱暴に頭を撫でながら口にして。
可愛げもなく口答えするフッチに、根気良く付き合ってくれた。
感情のままに当り散らすフッチを、厳しくも優しい言葉で諌めてくれた。
ブラックの最期を思い出しては震え出すフッチを、力強い腕で抱きしめてくれた。
最初はただ何も考えたくない一心で、教えられるままに剣を振るっていた。
そうしていつしか、強くなりたいと願うようになった。無様にただ守られるのではなく、今度は自分が守るのだと。そのための術をと。
守るための剣をその銘に誓ったフリックの姿が、フッチの目標となった。
そう語ったフッチは、最後に深く息を吐いた。
「剣の師である以上に、フリックさんは僕の憧れの人なんだ」
「ふぅん……」
背中の重みと熱を心地良く感じながら、シャロンは母から伝え聞いた『青雷のフリック』を思い描いていた。
曰く、青い。──外見的な意味でも、性格的な意味でも。
曰く、女難の相あり。
「──だから今のフッチがあるんだね」
そう、しみじみと呟いた。
嬉しそうに微笑む気配が背中越しに伝わってきたが、シャロンが言いたかったのは別の意味だったのだけれど。
17.子守り
「ねぇねぇ、あれ買って! あの真ん中のヤツ!!」
ブライトで山を越え、次の街へ辿り着いた矢先のこと。宿屋への道すがら露店を冷やかしていたシャロンが、フッチの腕を引き、そう呼び止めた。
シャロンの視線の先に目をやると、そこにはこの地方の特産物である鉱物をあしらった小さなアクセサリーが並んでいた。ああ、あの赤はお嬢さんがいかにも好みそうだ、などと思いながら、二つ前の街でやはり同じようにねだられたことを思い出す。
「さっきの街でも買ってあげただろう。我慢しなさい」
そうにべもなく告げ、腕にシャロンを巻きつけたまま引きずるように歩き出すと、シャロンは諦めるつもりもないのか、両腕を絡めぐいぐいと引き返すことで抵抗した。
「さっきのはさっきの、これはこれなの! オンナノコはいろいろと物入りなんだよ! フッチのスケベ!」
「……スケベって、」
スケベって、スケベって、とくらくらしてきた頭を押さえながら、フッチはシャロンの手のひらに乗せられたピアスを横目で見た。視線に気付いたのか、シャロンはキラキラとそれこそ鉱物(いし)のように目を輝かせ、満面の笑顔を向けた。(愛らしい八重歯がこのときばかりは苦々しい)(ああ、黒い尻尾まで見える気がする)
「ねぇねぇ、良いでしょ? ボクに似合うと思わない?」
ことりと首をかしげ、シャロンはトドメとばかりに上目遣いでねだった。フッチの上着の裾をくいと引くのも忘れない。う、とフッチが揺らぎかけたところで、もう一押し。
「可愛いボク、見たくない?」
少し切なげに眉を寄せ、視線を逸らす。
ハァと深くため息を吐きながら、根負けしたのはフッチだった。
「はいはい、お嬢さんはいつでも可愛いよ」
微笑ましいといった表情の店主へ苦い笑みを浮かべながら、フッチは結局ピアスを買い取った。
「──ほら、これっきりだぞ」
そう諦め顔で言いながら、フッチはシャロンの竜冠のピアスを付け替えた。オープンスターモチーフがキラと揺れる。それを店頭の鏡で確認したシャロンは、至極満足げな笑顔を見せた。
「えっへへー、ありがとフッチ!!」
先ほどの小悪魔のようなものではない太陽のような笑み。ああ、またこうしてねだられたら勝てないんだろうなあと遠くに思いを馳せつつ、フッチはまあそれも悪くはないと観念した。
「はいはい。──まったく、子守りも楽じゃないよ」
口ではそう、言いながら。
18.18歳
19.生意気盛り
最早竜洞の日常と化した光景は、今日も今日とて繰り広げられていた。
「コラ! 待てシャロン!」
説教は終わっていないと叫ぶフッチを鬱陶しげに振り返り、シャロンはしかめ面で舌を出した。
「べーっだ! フッチのこじゅーと!!」
そうして捨て台詞を残し駆け去ってゆく少女の背中を苦々しく見送ったあと、フッチは額に手を当て深くため息を吐いた。
「小舅って……またお嬢さんはどこからそんな言葉を」
「ふふ、シャロンにかかるとフッチも形無しだな」
がくりと肩を落として呟く背中に声が掛かる。
「ミリア副団長!」
その姿を認めると、フッチは勢い良く背筋を正し敬礼をした。
「良い、楽になさい。──まったく、シャロンてばフッチのことがお気に入りで仕方ないものだから」
ミリアは頬に手を当て軽く息を吐く。
フッチはその言葉に喜ぶべきか悲しむべきかと複雑な思いに口元を引き攣らせながらも、諦めたように肩を竦めて微笑んだ。
「まだまだ生意気盛りな年頃ですしね。懐いてくれていると思えば可愛いものですよ」
ちょっとイタズラが過ぎる気もしますけれど、とミリアと顔を見合わせ笑った。
「しかし、フッチもあのくらいの時分は随分と生意気なコドモだったように記憶しているが?」
「ミリアさん!」
くすくすと昔を思い出して笑うミリアにフッチは頬を染めた。思わず当時のように呼んでしまい、失言を悟り口を噤む。
「懐かしいわ。あなたが帰ってきてからは、もう以前のように呼んでもらえなくて寂しかったのよ?」
言いながら優しく髪を撫でられ、フッチはますます頬を染めた。
フッチが騎竜を喪い追放される前──竜洞で過ごしていた幼い頃、ミリアは男性騎士らの憧憬の的であった。赤き竜を駆る凛々しさ、クールな物腰、それでいて細やかな気配りと優しさを併せ持つ女性らしさ。フッチも例に漏れず、そう、初恋と言っても良い淡い想いを抱いていた。育つことの無いまま思い出となった恋であったけれど、今も深く敬愛する気持ちは変わらない。
二十歳も間近というのに幼い少年のように頬を染めるフッチを、ミリアは姉のように母のように愛おしく見つめた。
もう十年にもなるだろうか、あの頃のフッチは竜だけが友で、竜と心を通わせられず空を駆けることの出来ない人間を見下しているふしがあった。言動にも行動にも如実に表れていたそれは、周囲と更なる摩擦を呼び益々孤立していった。
竜騎士としての類稀なる才能に恵まれていたことも要因だったのだろう。団長に目をかけられていたことに嫉妬する騎士も多く、出自のこともあってか謂れのない悪意を向けられ、そうしてフッチは益々意固地になってゆく悪循環であった。
そうして──ブラックを喪い掟に従い追放されたフッチは、絶望に心を閉ざしながらも解放戦争を戦い抜き、ヨシュア団長の親友であるハンフリーと共に旅立った。弟とも愛した少年を手放すことへの一抹の不安と、けれど必ず新たな竜を得て帰ってくるのだという絶対の信頼を持って送り出したあの日が、今でも昨日のことのように鮮明に思い出される。
その後たった数年で身も心も見違えるように成長した少年は、輝く白き竜と共に見事帰還を果たしたのだ。
年甲斐も無く涙を溢れさせてしまったけれど、彼を知る者は皆同じ想いを抱いただろう。
フッチの髪に触れていた手を肩へと滑らせる。そうしてそっと、けれど万感の想いを込めて抱きしめた。フッチは突然の抱擁に狼狽し、落ち着きなく視線を彷徨わせている。
「本当に……大きくなったわ」
潤んだ声音で囁かれ、フッチもまた感極まり眸を潤ませた。
「はい……はい……ミリアさん、」
そうしてその背中へと腕を回そうとして──
「フッチはボクの!!」
と、叫んだ少女が二人の間に割り込んだ。
闖入者に瞠目するフッチとミリアを交互に見やり、シャロンは怒りに頬を膨らませる。
「フッチはボクのなの! おかーさんになんかあげないんだから!!」
そう言ってミリアを睨みつけながら、ぎゅうぎゅうとフッチにしがみついた。
行き場をなくしたフッチの腕が自然シャロンへと回り抱き上げる形になったが、未だに瞠目したまま視線は動かない。
その姿にミリアは思わず噴き出した。声を上げ涙さえ滲ませて。
「あは、あははははは!!! そうか、フッチはシャロンのものか!」
これはすまないね、と娘の頭を撫ぜる。
それでもまだ、シャロンはくちびるを尖らせたままミリアを睨んでいた。その小さな指で、主張するようにフッチの服の裾を握りしめたまま。
「だ、そうだよフッチ?」
ニヤリと笑んだミリアの言葉に、フッチはようやく瞬きと共に意識を取り戻した。
負けられないとばかりにシャロンが裾を引いて問う。
「フッチはボクのだもん。ね!?」
「いや、僕は──」
言いかけて、少女の眸が涙で滲んでゆくのを見て──罪悪感に屈した。
「うん、そうだね……」
僅かに口元を引き攣らせながらもフッチが肯定すると、シャロンはたちまち表情を輝かせた。そうして勢い良くフッチの首元へとしがみつき、そのまろい頬を擦りつける。上機嫌なシャロンに釣られるように、フッチも頬を緩ませ微笑んだ。
ミリアはそんな二人を温かく見つめながら、フッチが弟ではなく息子になる日はそう遠くはないな、と口元を綻ばせるのだった。
20.明日
扉越しにひくりとすすり泣く声が聴こえる。一時でもこの小さな少女をひとりきりにさせてしまったことを悔やんでも遅い。控えめに三度ノックし、返事を待たずに扉を開けた。
少女はベッドの上で全身でしゃくり上げ、友の死を悼んでいた。戦場に身を置くものとして、いくら経験したとて決して慣れることのない痛み。ましてや少女にとって初めての身近な者の死だ。
「シャロン」
フッチはベッドサイドに腰を下ろし、少女を膝の上に抱え上げた。シャロンはフッチのいのちの鼓動を取りこぼさせないというように、ぎゅうぎゅうとその胸に顔を埋めた。そんな彼女が痛ましくいとおしく──やさしくやわらかく、けれど互いがここに在ることをしっかりと確かめるように、そっと抱きしめた。
「僕たちは竜騎士だ。竜と共に生き、共に戦い、──そして死ぬ」
シャロンが少しの落ち着きを取り戻したところで、フッチは小さくそう語った。
「今日と同じ明日は来ない。明日がある保証もない」
シャロンの肩を撫でながら続ける。
「けれど、明日を生きるために僕たちは戦っている。誇り高き竜と共に、愛する竜をみんなを護るために」
「だからシャロン。今日を明日を悔やむことのないよう生きるんだ。竜に胸を張れる自分でいられるように」
ぼろぼろとあとからあとから溢れる少女の涙にくちづけて、フッチはシャロンの言葉を待った。
「ボっボクっケンカしちゃったんだ! 帰ってきたら謝ろうって、だから見送りだってしなかった!」
しゃくり上げひくりと喉を鳴らしながら、シャロンは溢れ出す涙と同じ心を抑えきれないように吐露した。フッチはその震える小さな頭を撫でながら、やさしく頷く。
「いつだってみんなは帰ってきてくれるんだって思ってた! いなくなっちゃうなんて、そんなこと考えたこともなかったんだ!」
そう叫んで、シャロンはフッチの首に腕を回しぎゅうと抱きしめた。
「フッチはいなくなったりしないよね? ずっとボクの傍に居てくれるよね……?」
フッチは強いもん、大丈夫だよね、と離さない離れないというように一層強く抱きしめる。フッチは切なく眉根を寄せ、苦い笑みを浮かべた。
「ボクはフッチがだいすきだよ、だいすきなんだよ。……ずぅーっと……一緒に、居たいよ……」
シャロンは力なくフッチの首すじに頬をすりつけ、肩へと顔を埋めた。ほろほろと零れる涙が、服だけではなくフッチの心にまで苦く滲んでいった。
シャロンの望む約束を口にすれば良い、それだけで少女の涙は眩い笑顔に変わるだろう。けれどフッチにはそれが出来なかった。違えられる約束は、いつかの未来の少女の心を抉るだろう。そう──かつての自分のように。
けれど。
「僕もシャロンがすきだよ」
ひくりと顔を上げようとするシャロンをその頭を撫でることで制し、続けた。
「僕の明日には君が居る。君の明日に僕が居る約束は出来ないけれど、これだけは竜に誓える」
それって同じ意味じゃん、と判らないというようにくちびるを尖らせるシャロンに苦笑して、フッチは立ち上がった。
「さあ、もう夜も遅い。明日に備えて眠るんだ、良いね?」
「──フッチは泣いてるオンナノコを放って帰っちゃうんだ?」
フッチの上着の裾をくいと引き、ますますくちびるを尖らせてシャロンは呟いた。
「レディだからだよ」
そう言って、フッチは小さなレディの頭を撫ぜ、最後に頬へ触れてから踵を返した。シャロンは数瞬その背中を見つめていたが、扉に手が掛かったところで思い出したように叫んだ。
「じゃあ、ボクがフッチを追いかけてく! どこへだってついて行ってやるんだから! ──そうしたら、ボクの今日にも明日にもずっとフッチが居るよね!」
きょとんと目を瞬かせていたフッチが、迷うようにけれど綺麗な笑みを見せてくれたので、シャロンは満足げに笑ってベッドへと潜り込んだ。覚悟してなよね、と明日に想いを馳せながら。