sysphere*

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 一昨日から続く雨は未だ止まず、髪に身体に纏わりつく湿気に不快感が増す。オルセリートの苛立ちを表すように、回廊に高く靴音が響いた。
 雨音は嫌いではない。濡れる草花もまた美しいものだ。けれど、こんなときは何よりも青空が恋しく思えた。あの高く青く澄み渡った空にひと時の安らぎを得たかった。
「元老共はここまで腐っていたのかと思うと──反吐が出る」
 誰に話しかけるでもなく、眉根を寄せ独りごちる。半歩遅れて付き従っていたキリコが並び、その耳元へと囁いた。判っている、というように一つ視線で肯いて、オルセリートは足を止めた。そうして昏く口元に弧を描く。
「大人しくしているよ。今はまだ、ね。彼ら好みのお──」
 瞬間、キリコの袖口より暗器が放たれた。鈍い音を立てオルセリートの背後、壁へと突き刺さる。風圧でプリムシードが頬を擦った。
「刺客か」
 キリコに向けた視線をそのままに、オルセリートが問う。けれどキリコは目礼を一つ、乱れた袖口を軽く整えるに留まった。そのらしからぬ振る舞いに小さく首を傾げて、オルセリートは先ほどの軌跡を辿る。
 視線の下、暗器の刃に貫かれているのは──
「ゴキブ「オルセリート様」じゃないか」
 遮るように名を呼ぶ声が重なった。そうして捲し立てるように強くけれど静かに言葉が続く。
「メイドの怠慢です。王太子の宮にこのようなもの…… では、参りましょう」
 黒衣を翻し前をゆくその背を瞬きの合間見送って──オルセリートはきゅうと口角を上げた。
 軽く駆けキリコの前へと回り込む。そうして大げさに眉尻を下げ、男の頬を両の手のひらで包むように撫ぜた。
「どうした、顔色が悪いな。肌も粟立ってる。まさかおまえ、」
「そのような事実はございません」
「──まだ何も言っていないだろう」
 鋭く切り捨てられ、ほんの少し気分を害したように小さく呟く。けれど気を取り直したように唄う吐息を漏らして、強く顔を引き寄せた。
「おまえも存外──可愛らしいところがあるじゃないか」
 アレ・・が苦手とはな、そう耳元へと囁きくすりと笑む。見透かされたことへかかかる吐息へか──小さく震えたキリコに気を良くして、オルセリートは踊るように身を翻した。