sysphere*

If 01

 ──ヤッてる間は全部『本当』だった。『嘘』ばっかりなここで唯一感じられる『本当』だった。そのときだけは、誰も俺に……『嘘』は吐かない。

 ──始まりはもうよく思い出せない。年頃にエロいことに興味を持ったときだったかもしれない。誘われるままに身体を繋げたソレは、兄上が居なくなったことでひどく不安定になっていた俺の心を、何であれ安らげてくれた。

 爪痕に光る月が室内を弱く照らす。壁には剣が無造作に立て掛けられ、砂汚れた床には誰のものとも判らない衣服が乱れ放られていた。
 男の息遣いと少年の嬌声と、粘着質な音が薄闇に響く。粗末なベッドで蠢く影を横目に、扉の横で紫煙を燻らせながら男達が何事かを囁き合った。
 荒い行為を物語るように、ベッドが軋んだ悲鳴を上げる。
「てめ……っは、しつっこいんだ、よ! さっさ…と、イッ──」
「王子殿下の仰せのままに、っと」
 ベルカの悪態を遮り、男は薄く嘲笑を浮かべて強く抽挿を繰り返す。高く上がる声にまた一つ笑って、目の前の浮き出た背骨を辿り襟足に隠れる首筋へと痕を残した。薄汚れた枕へと顔を埋めたまま、ベルカはかぶりを振る。
「ぁっ、く、痕っは、付けんなっつってんだ、ろ……が、ぁあっ」
 不意に性器を扱かれ、ベルカはまた一つ声を上げた。
「どうせ見えやしませんよ。でもまァ、お詫びです。コレ、好きでしょう?」
「んっ、ふ、」
 熱く息吐くベルカに気を良くして、男はそのまま亀頭にゆるく爪を掛けた。先走る液を塗り込むように指の腹で円を描き、裏筋を撫で上げる。
「王太子殿下はいつもこうしてくれていたんですよねぇ? 顔が見えないと『兄上』とヤッてるみたいで気持ちイイですか?」
「は、ぁ、兄上とはっ、そん、なんっじゃ……っな、あっ」
「まァ、それはどうでもいいんですけどね。俺も気持ち良くさせてもらってるし、なっと」
 ねっとりと囁くように屈めていた上体を起こし、ゆるゆると抜き挿すだけだった腰を掴んで激しく揺する。荒い息遣いが男の絶頂が近いことを知らせた。生理的な涙で眸を潤ませて、ベルカは自身の性器を握り扱く。
 そうして最奥へと放たれたものに身を震わせ、ベルカもまたシーツを白く汚して果てた。

「今日も世話んなったな。次も楽しみにしてますよ、殿下」
 早々に着替えを済ませた男は、白く薄い胸を晒して荒く息吐いているベルカの腕を取っておどけるように騎士の礼を真似た。それを不快気に振り払い、ベルカはそのまま顔を覆う。
「うっせぇ。──で、次は誰がヤん」
「おまえさんたちはまァだこんなことやってたのか」
「げ、おやっさん!」
 コン、と申し訳程度に扉を叩いて、前触れもなく大柄の男が姿を現す。室内の男たちは慌てふためき何事かを言い訳しながら、逃げるようにその場を後にして行った。
「……あいつら、逃げ足だけは達者じゃねーか」
 呆れたようにそれを見送り、男は嘆息と共に振り返った。
「おまえさんも、いつまでそんなカッコでいるつもりだ。ホラ、さっさと風呂入ってこい」
 言いながら、床に散乱した衣服をベッドに座るベルカへと放り投げる。それを茫と頭に降らせたまま、ベルカはひとつふたつと瞬いた。
「……おっさん、知ってたのか?」
「あぁ?」
 男の視線から逃れるように目を逸らして、ぽつりと呟く。
「だって……おっさん、今まで何も言わなかったし」
 知らねーんだと思ってた、続く言葉は小さく空気を震わせるだけで男に届くことはなかった。気まずげに俯くベルカに肩を竦め、仕方がないなというように笑みを浮かべた男は、ベッドの脇の椅子へと腰掛ける。
「女じゃねーんだ、おまえさんが自分で考えて、それで『良い』と思ったんなら──俺は何も言わねーよ。ただ、」
 窓の外、遠く高くある宮を眺めて続ける。
「もし流されて今があるんなら──やめとけ。周りの人間がいくらおまえさんを貶めても、それは所詮他人の勝手な評価だ。自分自身の価値は自分で決めろ。唯々諾々と自分で自分を貶めてくれるなよ」
「……だって、」
 きゅうと服を握り締め、ベルカは薄く笑みを浮かべた。
「ヤッてるときは『嘘』がねーんだ。気持ちイイことに誰も嘘なんか吐かない。嘘、嘘、嘘ばっかりのここにも……『本当』があるんだって、」
「セックスだけが本当ねぇ…… 若ぇうちはそんなもんかもしんねーな」
 男は立ち上がり、軽く伸びをする。そうして荒くベルカの髪を撫ぜた。
「ま、おまえさんも好きな奴の一人でも出来れば『本当』ってもんが判んだろうよ」
「ちょ、やめろって! 大体っ、俺は誰も好きになんかなんねーよ!」
 掻き乱された髪を手櫛で大雑把に直しながら、ベルカは叫ぶ。
「……女なんてヤツは嘘ばっかじゃねーか。それに──俺はどうせ地方の貴族共相手に外交手段として使われんのがオチだろ。誰かを好きになって幸せに暮らす、なんざお伽噺の中だけだ」
 そうしてくしゃりと髪を掴んで俯いた。

 ──それでももし、もしも誰かを好きになるなんてことが……愛されるなんてことがあるのなら、そのときは……嘘を吐かないヤツがいい。真っ直ぐに、俺だけの本当をくれるヤツ。そんなもの、それこそお伽噺の中だけだろうけど。

 諦めたように小さく笑みを零して、ベルカはなおざりに上着を羽織り立ち上がる。内股を伝った名も知らぬ男の精液が、今夜はなぜだかひどく気持ちの悪いものに感じた。