sysphere*

書きたいシーンだけ書く妄想切り抜き小話 02

 遠く名を呼ばれ振り返る。鈴のように高鳴るこの声が、ヘクトルは何より好きだった。
「天枢……!」
 ままならぬ身体を昴に支えられながら、連珠はもう一たびヘクトルの名を唄う。常の穏やかに柔らかな笑みはなく、どこか青褪めた相貌で光映さぬ紅い眸がヘクトルへと向けられていた。
「連珠! 昴も……。どうしたんだい、俺も今から大巫女様きみたちのところへ挨拶に伺うところだったんだけど」
 差し出された小さな手を取り、ヘクトルは少女の細い身体を抱き上げた。椅子などあろうはずもないここへ、冷えた石廊下に連珠を下ろす訳にもいかず。──何より、最後に彼女へと触れていたかった。否定出来ないそれへふと笑みを零す。
「明日、王府ノイ=ファヴリルへ発つのですね」
「ああ、日の出と共に。……きみは本当に不思議だね、隠し事は出来ないな」
 かたちを存在を確かめるように、連珠は目の前の頬へと触れる。
「星を詠んでいたのです。天枢……あなたは……本当に、いってしまうのですね……」
「ああ、次ここへ来るときはきみを妃に迎えるときだ。元老院とのバトルが長引きそうだけど……きっときみを迎えに来る。それまで、元気で」
 長い指が雪色の髪を梳く。緩く波打つ一房にくちづけを落とし、ヘクトルは腕の中の少女をやさしく抱いた。連珠もヘクトルの首元へと顔を埋め──震える指は、男の肩を握りしめることで殺した。これが最期なのだと、謳う星の声に耳を閉ざして。