sysphere*

お題ったー 02

 光枝鉱コルジオラこうの薄明かりの中、黒衣の男が無防備に背中を晒している。時折戸棚に手を伸ばしては慎重に薬品を検めるその背中を、オルセリートは昏い眸で見据えていた。
 自身が直接手を下すものではないとはいえ、識っておくべきだと──そう男に詰め寄って地下の薬品庫へ来たは良いが、目を逸らしていたもの、いや──見ようともしていなかったものを、闇を裏を、まざまざと見せ付けられた気が、した。
 視線を背中から腕へ、そうして手へ指へ滑らせる。

 ──この男が、兄上を弑した。この手が、この指が、兄上を。

 気配を殺し一歩、近付く。男は気付かない。いや、気付いていてなお歯牙にもかけないのか。
 また一歩近付いて、下ろされた利き手へするりと指を絡ませた。一瞬震えた男の指先に小さく笑んで、その背へ頭を預ける。
「……ご気分でも優れませんか、オルセリート様」
 男は振り返らぬまま、気遣いなど微塵も感じさせぬ平坦な声音を低く漏らして、絡めた指もそのままにオルセリートの甲へとくちびるを寄せた。

 ──この男が、兄上を弑した。この手で、この指で、兄上を。

「ここにはどんな薬もあるんだな。人を生かすものも──殺すものも。……媚薬の類も?」
「ご入用とあらばお持ち致しますが」
 チラと寄こされた視線を受け流し、オルセリートはその背へ頬を擦り付ける。繋いだ手から触れた温もりから、いのちの音が聴こえた。その鼓動を感じながら、口元に弧を描く。
「僕には必要のないものだ。そうだろう? キリコ」
 そうして手を引き男の顔を覗き込んだ。逆光で相手の表情は伺い知れない。けれどキリコからはそう、見えているはずだ。甘く、誘うように。
「ええ……そうですね」
 角度を変えて絡められる指と吐息とくちびるに、オルセリートは舌を絡めることで応えた。この身がこの血が──穢された王家の血が、甘美な毒として男を侵し尽くせば良いのにと、そう思いながら。