sysphere*

Opus 32.5

 ラーゲンの嫡子にのみ受け継がれるという『口伝』。淡々とキリコの口から語られるそれは、地下書庫に隠匿されていた史書を裏付けるものと、一族がロヴィスコの末裔であること──そして怨執の歴史。
 互いの体温さえ溶け合う距離で、睦言を囁くように吐息が触れた。
「こうして……長い長い時間をかけ、ラーゲンの家は」
 するりと、キリコの腕が頸部へと伸ばされる。急所に掛かった指が、やわらかな肉へと食い込んだ。
「この場所へ──爪を掛けたのです」
 凪いだ視線が絡む。瞬きもなくオルセリートを見下ろしながら、キリコの指が愛撫するように喉頭をなぞり、脈を辿った。
「私が口伝と共に命じられたのは、」
 顎を捕らえた指先がくちびるへと触れる。
「あなたを操り血を継がせ──」
 視線を絡めたまま、緩慢にくちづけが落とされる。角度を変え咥内を侵す肉へと応えながら、オルセリートはすうと目を細めた。その身を受け止めた寝具の感触に、組み敷かれたことを知る。
 粘着質な音を立て、くちびるが離れた。そうして喉へと甘く歯を立て、キリコは続ける。
「この先も永遠に……王の血に連なる者の首を、真綿で絞め続けること」
 もう一たび急所を食み、薄い肌へ骨へと舌を這わせながら襟元を寛げる。ゆうるりと釦が解かれゆくさまを一瞥し、オルセリートも男の衣服へと手を掛けた。刹那キリコの指が止まったことに小さく笑みを抄いて、そのままタイを解く。
「何もそれはあの・・薬に限らず──」
 こうして、とくちびるだけで囁いて、キリコは露わになった胸へ腹へ手のひらを滑らせ──最後に下肢を緩く撫で上げた。
「……王家を篭絡する方法も、過去には在ったそうですよ」
「碌でもないな」
 鼻で嗤い、タイを放る。手袋越しに性器に触れる指へ声を濡らしながら、男の肩へ腕を回した。
「そのため、ラーゲンの嫡子は幼い頃より性の手管を仕込まれます。父に、そして──懇意・・にしている貴族に」
「養子の、おまえもか?」
「そうですね……女を抱いた数より、男に抱かれた数の方が多いくらいですよ。どこを、どうされれば、どんな風に悦いのかを……その身を以って、識るために」
 口元を笑みの形に歪ませながら、キリコは先走る液を舐め取り歯を立て手袋を引き脱いだ。そうして長い指がオルセリートへと伸ばされる。くちびるに宛がわれたそれを含み唾液を絡ませ、オルセリートは性器を愛撫するように舐め上げ吸った。
「男を抱くのは、初めてですが」
「奇遇だな。僕も男に抱かれるのは初めてだ」
 胎内へ挿し入れられたものに眉根を寄せ、蠢くそれに高く上がる声を抑えることもせず──煽るように男の肩を引き寄せる。
「それにしては……随分手馴れていらっしゃるように見受けられますが」
 正直意外です。そう小さく笑みを漏らして、キリコの指が二本三本と徐々に増やされてゆく。オルセリートはその肩を食みながら腰を浮かせた。角度が変わり内壁を深く抉られ、また一つ嬌声が上がった。
「おまえたちがこうして王家の者を篭絡するというなら……逆も道理だろう?」
「あなたが私を?」
 また一つ笑って、キリコは焦らすように緩慢に指を引き抜いた。そのままオルセリートの背に手を宛がい、静かに敷布へと横たえる。そうして、小さく高い音を煌めかせて散ったプリムシードを手に取り、くちびるを寄せた。
「既に伴侶ともがらとあなたを選んだ私に今さらでしょう」
「よく言う。……解せないな。真実を、口伝を継いで尚、なぜそれほどに落ち着いていられる。おまえのような男が」
 逆光となり見えぬ男の表情を探るように、オルセリートは瞬き双眸を細める。返らぬ応えに口を開きかけたとき、見計らったように熱い粘膜がくちびるを塞いだ。吐息さえも奪うように深くくちづけられる。齎される快楽と酸欠に喘ぎながら、オルセリートは知らず縋るように男の衣服を握り締めた。
「驚きましたよ……とても。しかし──」
 不意にくちびるを解放され荒く呼吸を繰り返す。その涙の軌跡の残る頬をさらと撫で、キリコはどこかそう──遠くへと思い馳せるように視線を逸らし、淡く表情を緩めた。
「今の私にとって口伝とは──自らを縛るものではありませんから」
 睦言のような甘ささえ滲ませたそれを、酸欠でままならぬ思考の隅に認識し得たときには──胎内を熱く犯すものに白く意識を弾けさせていた。