すらりとした指

 午前の訓練を終えたあと、昼食もそこそこにフッチはシャロンと手合わせをしていた。と言ってもフッチにしてみれば指導という形の。
 実技試験を目前に控え熱が入っているようで、ここ数日でシャロンは随分と腕を上げている。この熱意のいくばくかでも勉強に回してくれれば、とフッチは内心嘆いた。

「ありがとうございました!」
「はい、お疲れさま」
 刻を告げる鐘が鳴り響いたところで、稽古を終え礼を交わす。
 途端、シャロンは顔をしかめて右の手袋を外した。
「アタタ、あーあ、マメ潰れちゃった」
 露わになった手のひらを見て、そう苦く呟く。
 それを横から覗き込みながら、フッチはその手を取って感慨深げに言った。
「お嬢さんももう、立派な戦士の手だな」
 マメやタコが出来、小さな傷だらけの指。未熟な証拠であるそれらは、けれど戦士の軌跡だった。
 そうしてまじまじと見られることが気恥ずかしくなったのか、シャロンは強引に手を引き戻す。
「フンだ。フッチのカノジョたちのセンサイな指とは違ってすみませんねーっだ!」
 舌を出しプイとそっぽを向いたシャロンの言葉に、心外だとフッチは目を瞬いた。
「綺麗な指じゃないか」
「どこが!」
 下手な慰めは返って心を抉るのだと言わんばかりにシャロンは噛み付く。
 フッチはそんなシャロンをやさしく見つめたあと、もう一度その手を取って言った。
「このマメも、このタコも、このキズも。全部シャロンが竜騎士である証だ。僕はこの傷だらけの小さな手を、とても誇りに思う」
 ひとつ、またひとつといとおしそうに触れてゆく。
 そうして最後に笑んだあと、捧げるように手袋をはめ直した。
「ふ、ふーん…… そんなもん?」
「そんなもんです」
 僅かに頬を染め、くちびるを尖らせながら横目で見やるシャロンに、フッチは少しおどけてそう言った。
 比べるものではないけれど、数多の女性の白魚のような手よりも、少女のこの戦士の手をずっといとおしいと思いながら。