風に揺れる髪

 世界の果てなど知らぬように、どこまでもどこまでも広がる、空。
 雲間には、陽へ月へ届かんばかりに翔け抜ける、白い影があった。

「まったく、このお嬢さんはとんでもないことをしでかしてくれる!」
 白き竜で風を切り、フッチは嘆くように叫んだ。その背にしがみつきながら、少女は悪びれもなく笑う。
「へっへーん、だ! 置いてこうとするからだよ! どこまでだって、ついてくんだから!」
 そう言って、ぎゅうと腕に力を込めた。くすくすと笑う振動が背に響く。フッチは腹の底から息を吐き出した。
「ああもう、ミリア団長に何とお詫びしたら良いか!」
 痛むこめかみを押さえ、フッチは何度目かのため息を吐く。
 遊びではないのだから、と窘めるも、少女は僅かにも聴く耳を持たない。閉ざされた竜洞騎士団で育った少女は初めての雄大な世界に興奮を抑えきれないのか、危なっかしげにはしゃいでいる。時折ふらりと傾く身体にフッチの心は幾度となく冷え、腹に絡む少女の腕へ自身の手をしっかりと添えることで落ち着いた。

 そんなフッチの憂慮を知ってか知らずか、シャロンは眩い陽光に似た髪を煌めかせ、それに負けんばかりに眸を輝かせていた。何もかもが初めてで、何もかもが真新しい。ブツブツと続くフッチの小言も今はいとおしく、シャロンは口元を綻ばせてその背に頬を擦り付けた。

 やんわりと速度を落としたブライトに、風が緩む。フッチの長い髪がシャロンの頬をくすぐった。暖かい日向の匂いがする。そうしてまた、シャロンはくすくすと笑った。
 片手を外し、その髪を掴む。腰に絡む腕が外れたことにフッチが何事かを叫んだが、取り敢えず置いておく。風に流れる髪にそっとくちづけて、そうしてまたぎゅうとその背を抱きしめた。全身で匂いを感じるように、すうと大きく息を吸い込んで。

 空はどこまでも続いてゆく。果てに待つ風の終焉は、今はまだ──遠い。