sysphere*

Loop 01

 声が、聴こえる。ロヴィスコの、声が。
 名を呼ぶそれに、もう幾度目になるだろう──たゆたう意識の波間より引き戻された。
「ライツ……! しっかりしろ!! おまえのおかげで船は助かったぞ!」
 ああ、また。繰り返す。

 あの日、あの時、嵐の海で。死んでいれば良かったのかと──裏切りの刃に身を貫かれながら星に願った最期の想い。
 叶うなどと夢見た訳ではなかった。ただ、死ぬのだと──その時頭を過ったのは、あの嵐の海だった。

 ロヴィスコの腕が、固くライツを抱き上げる。
 一度目は──それを振り払い海へと沈んだ。ここで死ぬことが願いであったのだから。躊躇いなどなかった。ただ、安堵だけがあった。
 けれど。

「ライツ……! しっかりしろ!! おまえのおかげで船は助かったぞ!」
 意識を引き戻すロヴィスコの、声。名を呼ぶそれに瞠目し、確かめるように震える手を伸ばした。固く腰を抱くのは、振り払ったはずの、腕。
「小舟で至近からの擲弾とは──無茶をする。医長! 血清はあるか。右足に咬傷二ヵ所!!」
 二度目は──困惑するまま引き上げられた甲板で。
 三度目は──。
 四度目は。
 五度六度と呼び戻されるたびに、抗拒を諦めた。
 夢の中でも、空の上へは逝かせてもらえないらしい。ここで死ねば行けると思った、きれいなところへは。
 くとひとつ自嘲を零す。それを苦痛による喘ぎと捉えたのか、ロヴィスコはライツを抱きながらふわりと笑みを浮かべた。
「麻酔が効くまで痛むだろうが……おまえのおかげで船は無事だ。安心して……今はゆっくり眠るといい」
 ありがとう、と最後に囁かれた言葉を耳にすることなく、ライツの意識は波間に溶け消えていった。
 次に目覚めたとき、そこが冷たいアゼルプラード・・・・・・・の床であれば良いのにと、夢のつづきを願いながらも、死を手繰らずにはいられないまま。

Postscript

6巻32話の「あのとき、あの海で……死んでいればよかったのか? そうすれば、迷うことなく行けたかもしれない。どこか、空の上の……きれいなところ──へ」から始まるライツのお話です。

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