sysphere*

Loop 02

 夜空に瞬く星を手にするように、それを翳す。長年──それこそ今の・・ライツの生きた年月よりも長く繰り返されてきた無意識の、癖。
 己の行く先に迷ったときには、必ずこうして眺めていた。星がロヴィスコが、導いてくれるのだと──。
 ひとつ息を吐いて、腕を下ろす。チャリと高く音を煌めかせ、胸元へ降る──航海の守り星ステラ・マリス

 あれから──目覚めたライツが居たのは、天鵞絨ビロードの絨毯のようにあかく濡れたアゼルプラード・・・・・・・の床ではなく、ましろな医務室だった。
「……俺は、生きてんのか……」
 茫と吐息で呟き記憶を手繰る。何が夢で、何が現実なのか──痛みと熱でままならぬ思考では、答えを見い出すことは叶わなかった。
 縋るように胸元へと手を伸ばす。確かに触れたそれは、今ここに在るはずのない・・・・・・・・・・・、もの──。
 ぎくりと握り締めたとき、小さく扉を軋ませロヴィスコが姿を現した。ましろな部屋に、ましろな制服──あの白を赤く黒く染め上げた日のことは、今も黄昏の朱陽と共に灼き付いている。
 ライツは瞼を伏せ、視界を閉ざした。
「傷が痛むだろうな。すまない……麻酔が足りないんだ」
 ベッドの縁で、低く声を潜ませ案じ囁くロヴィスコの、声。憶えている、この声を。これからの、言葉を。
「痛み止めにはならないが……これを、」
 記憶どおり続くはずのそれが、不自然に途切れる。怪訝に辿った視線の先は──ライツの胸元、航海の守り星ステラ・マリス。今ここで、ロヴィスコが差し出しているもの。遠い過去、ロヴィスコにこの時、差し出された、それ。
「随分……年季の入ったステラ・マリスだな。誰か縁者に船乗りがいたのか?」
 手の内のステラ・マリスと見比べながら、ロヴィスコは感嘆し口元を綻ばせた。
「大切に、磨かれているのが判る……。ライツにはもう──導く星があるんだな」
 そのままポケットへと戻そうとした腕を、ライツが遮る。中途半端に身を起こしたせいで、繋がれた器具が音を立てて揺れた。
「ライツ! まだ、」
「それは……星か」
「……ライツ?」
 ロヴィスコの腕を掴んだまま、俯くライツの表情は伺い知れない。宥めるように、ロヴィスコは荒く息衝く肩へと手を伸ばした。
「ああ、替えの制服から外してきた……ステラ・マリス、航海の守り星だ」
 ライツをベッドに横たえ髪を梳く。潮に軋み指に絡むそれに微笑んで、空の蒼を映す眸を覗き込んだ。
「船乗りが迷わぬように……照らしてくれる」
「『……俺は船乗りじゃねえ』」
 過去をなぞり乗せた言の葉は、
「……なんだ、おかしなことを言う。──おまえは船乗りじゃないか」
 ライツを照らす光を導く。
「私の。アゼルプラードの……船乗りだ」

 アゼルプラード・・・・・・・はライツの国だった。ロヴィスコに成り代わり奪った船だった。我武者らに取った舵が、正しい路を辿れたかは知れない。最初から間違っていたのかも知れない。けれど前へ進むしかなかった。進みたかった。そうすることで認められたかったのかもしれない。ライツもまた、船乗りなのだと──ステラ・マリスに導かれるに相応しい己であるのだと。

『私の。アゼルプラードの……船乗りだ』

 この・・ロヴィスコではないと解っている。けれどこれが都合の良い夢ならば──許されるだろうか。ロヴィスコに恥じぬ己で在れたと。ロヴィスコの愛したアゼルプラードの船乗りで在れたのだと──。

 ライツの眦を一筋の雫が伝う。本当に都合の良い夢だと──自嘲にくちびるを歪ませながら、固く瞼を伏せた。
 やさしく髪を梳く手のひらに、眠りの海に誘われるまで。

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