sysphere*

Loop 03

 あの嵐の夜から──ライツの様子が、違う。
 皆もどこか違和を感じているようだったが、あれだけの無茶をしたのだ。本調子でないだけなのだろうと、各々解釈したようだった。
 けれど。
 それだけでは決して説明の出来ない違和が付き纏う。言葉も、表情も、仕草一つをとっても──これはそう、『別人』と称せるほどの。

 甲板へと続く扉を開く。凪いだ海の上、奏でる音色降る瞬き──星が、円い月が照らしている。
 手すりに身体を預け、何をするでもなくくうを仰ぐライツがそこに、居た。
 半歩距離を取り並ぶ。ライツは気付いているのかいないのか──蒼穹の眸にただ星を映していた。
「夜風は冷える。風邪を引くぞ」
 応えを期待した訳ではなかった。近頃のライツは、話し掛けても反応がないことが多々であったから。無視とは違う、聴こえてはいても──届いていないように思えた。

 怪訝に名を呼び、強く肩に触れたことがあった。上げられた顔、ロヴィスコを視る眸は驚愕に見開かれ、そうして心得たように彷徨い落とされ──次に絡んだ眼差しは、ここではないどこかを誰かを遠く透くような、ひとつの隔たりがあった。
 それからだ。ライツの視線を感じるようになったのは。痛く刺さるものではない、けれど確かめるように強く、夢見るような虚ろさで。
 触れる指が肌が、やさしく──まるで恋人へのそれになったのも。

 始まり・・・は囚人らを解放したあと。ロヴィスコは代わりに過ぎなかった。女性に、コーネリアに強いるなど許されぬ行為を、受け容れることに抵抗がなかったと言えば──嘘になる。けれど、この身で済むならばそれで構わないとも思った。
 そうした肉体関係には当然ながら愛など無く、またその必要もない。場を変え手を変え、戯れの慰みに犯されることに慣れてきた頃だった。

 そうして嵐の夜を超えて。最初の違和感は、ライツの胸元の航海の守り星ステラ・マリスだった。そんなものを──ライツは身に付けていただろうか。そういった感傷とは無縁に思えたライツが、縋るように握り締めていた、それ。幾度も肌を合わせたけれど、ただの一度でも目にしたことがあっただろうか。

 一つ二つと募った違和感は、行為の際に確かなものとなった。治りきらぬ身体で、医務室で。
 震えるくちづけが降る。髪に額に瞼に頬に。そしてくちびるに。噛み付くように咥内を蹂躙されることはあっても、慈しむようにくちづけられたことなどなかった。当然だ、恋人ではないのだから。快楽を得られる程度のなおざりさで良いそれが。首に胸に腕に手に、腹に足に指に──性器にさえも。
 全身に齎される愛撫に戸惑い喘ぐ。犯されることはあっても抱かれたことはなく──ただ、馴らされた身体が容易に反応することに、心がついてゆけなかった。

 その夜は、気を失うように眠りに落ちたライツを抱きしめて眠った。迷い子のように縋る腕を、振り払うことなど出来なかった。

 波音に意識が引き戻される。いつの間に思考の海に攫われていたのだろう。ふと影が落ち、見上げた鼻先にライツが居た。そうしてゆうるりと、肩にやわらかな重みが降る。頬をくすぐる金の髪に眉下げ微笑んで、ロヴィスコはその腰を抱き寄せた。
 何がライツを変えたかは知らない。けれど言葉より雄弁に伝わるひとつの想いは愛しさを生み、その裏に垣間見えた数多の意味は、天在る月と同じに薄く翳ていった。

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