sysphere*

Loop 04

 黄昏の朱陽が視界を灼き尽くす。朱く陽を映す水面を、鈍い切っ先が照り返していた。
 赤く、明く。いつかの──あの日のように。

 鏡を見ているようだと、思った。
 ロヴィスコに跨がり皮膚を裂き肉を抉る男の姿は、鮮やかな赤を以て──あの日のライツを描いていた。
 ゆうるりと、男が振り返る。ロヴィスコに突き立てた刃をそのままに。場違いなほど柔らかに微笑んで。
「これで……、あんたは戻ってくるだろ……?」

 夢を見ていた。最期に赦された夢なのだと──都合の良い夢を。
船長こいつと会って、あんたは腑抜けちまった」
 愛していた。ロヴィスコを、コーネリアを。あの日のライツが識らなかったそれを、今のライツは知っている。
「俺らのかしらは、あんな風に誰かに膝折るような奴じゃねえ」
 この海で死ねば、行けると思った。ロヴィスコの居る空の上の──きれいなところへ。
 最期に夢見たそれは、けれど繰り返す世界に阻まれ叶わなかった。ならばと夢のつづきを願ってしまった。都合の良い夢を。ロヴィスコをコーネリアを、今度は間違えずに愛せるのだと──そんな、夢を。

 扉に手を掛けたまま、茫と立ち竦むライツに男が触れる。返り血にぬめる手のひらが、ひどく不快だった。
 逆光で表情の伺い知れない男の──名は何と言ったか。そんなものすら記憶に残らない程度の、男。囚人たちの中でも特に狂信的にライツに熱上げていた者の一人なのだろう。正直鬱陶しくあったそれも利用出来るうちはと、助長させるように甘い言葉で身体で絡めとった。今のライツにとっては、遠い過去の話だ。
「そんなの許さねえ……だから殺してやったんだ。なあ……」
 男の肩越しに、部屋の奥へと視線を移した。
 ましろな制服が赤く黒く染まっている。濁った双眸、薄く開かれたくちびる、力無く投げ出された腕──過去そのままに事切れたロヴィスコがそこに、居た。
 ライツは間違えずにいられたのではなかったのか。夢のつづきはしあわせで──やさしいものではなかったのか。
「これで、あんたは戻ってくるだろ……?」
『……だから、いいだろ?』
 囁く男に重なるように、遠く──いつかの自身の声が聴こえた。
「良い訳が、あるか、よ……っ」
 ギリと歯を軋ませ低く唸る。ロヴィスコに向けた視線をそのままに、ライツは腰に下げたナイフへと手を伸ばし──そうして男へと、振り翳した。

 ぬめる手のひらからナイフが零れ落ちる。ひくりと震える喉から洩れた吐息は、鉄錆に彩られていた。それを拭うことすら出来ずに──ライツはそのまま膝崩れた。
 心臓が、腹にあるようだった。押さえても押さえても、溢れ出る血液を留めることは、叶わない。
 視界の端に転がる男の亡骸に一瞥もくれず、ライツは灼ける身体を引き摺りロヴィスコへと歩んだ。

 あの時も、こうしてロヴィスコを見下ろした。そうして、今も。
 崩れ落ちるようにその胸元へと額付く。チャリと小さく音を立てて揺れたステラ・マリスを、祈る強さで握り締める。そうして守り星にロヴィスコに──希った。
 夢の終わりを始まりを。

 昏く沈む意識の中、名を呼ぶロヴィスコの声が──聴こえた気がした。

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