口にかかる髪

 昼時も過ぎ客も疎らなレストランに、フッチはシャロンに引き摺られるようにして連れ込まれていた。道中すれ違った仲間たちに生温い眼差しを向けられていたことには──気付かなかった振りをしたい。この少女に掛かればさしものフッチも形無しであることは、既に周知の事実であるのだけれど。

「ボクを置いてったバツだかんね!」
 メイミに注文を終えテーブルについた途端、シャロンは頬杖をついてニンマリ笑ってそう言った。
「『置いてった』って……。バランス調整のためのパーティーだったんだから仕方ないだろう」
「フンだ」
 こめかみに手を当て嘆息するフッチを不満げに睨むシャロンの視線が痛い。しょうがないな、と次はバディを組むことを約束した。ブライトの寂しげな目を想像すると胸が痛むが、なるほどシャロンもそうだったのだろうかと思えば、不機嫌な少女の様子も可愛らしく見えた。
 自然口元に笑みが浮かんだところでデザートが届く。
「はいはい、これで機嫌を直してくださいませお嬢さま」
「うむ、良きに計らえー」
 おどけるフッチに大層満悦気に笑い、シャロンは小さな口いっぱいにショートケーキを頬張った。その表情が甘く蕩ける。
「っおいっしー! もー、メイミは天才だね。こういうシンプルなものこそ料理人のシンカが問われるってゆーか」
 うんうんと頷いて講釈を始めるシャロンをチラと見やったあと、ミルクを一匙入れたコーヒーを口にしながらフッチはくすりと笑った。
「判ったようなこと言っちゃって」
「……何か言った」
「いいや?」
 誤魔化すようにモンブランにフォークを入れる。口の中を広がる甘さに頬が緩んだ。必要な食事以外をこうして口にすることは稀であるけれど、ああ確かにこれはクセになりそうだ。女性が足繁く通うのも頷けた。

 ふと視線に気付き顔を上げる。シャロンがじっとこちらを──正確にはモンブランを見ていた。
「ねぇねぇ、ボクもそれ食べたい!」
「──頼もうか?」
 太るよ、とは口の中だけで呟くに留める。
「ううん、一口で良いもん。ねぇね、ちょーだい」
 眸をキラキラと輝かせて身を乗り出すシャロンに、フッチはモンブランを載せたフォークを差し出した。
「はい、どうぞ」
「──ぇえ、」
 シャロンの表情が固まり、視線がフォークとフッチの顔とを行き来している。
「どうかした」
「ぅうん、なん、でも」
 言いながら、シャロンの頬が赤く染まる。親の敵のようにフォークを凝視してチラとフッチを見やったあと、瞼を閉じて口を開いた。
 その小さな口にモンブランを運ぶ。頬を赤く染めたまま静かに租借しながら、シャロンは俯いていった。口に合わなかったのだろうか、そんなシャロンの様子にフッチは首を傾げた。
「あまり好きじゃなかったかい」
「……メイミのケーキはどれも美味しい……じゃ、なく、て!!」
 俯いたままぼそぼそと呟いたかと思えば、勢いよく顔を上げ声高に叫んで身を乗り出してくる。シャロンの剣幕に僅かにフッチの背が仰け反った。
「大体さ、フッチはそうやっていつもいつも、っ」
 言い募るシャロンの口元にフッチの手が伸びる。そっと触れ、払う動作のあと僅かにくちびるを掠めて離れた。
「髪、食べてた」
 そう言って指についたクリームを舐め取る。
 表情を凍らせたまま動かないシャロンに首を傾げたあと、フッチは何事もなかったかのようにカップへと口付けた。こくりと一口終えた頃、眼前の少女はふるふると肩を震わせ──耳まで赤く染めて言葉なく突っ伏した。
「お嬢さん、行儀が悪いぞ」
 フッチの眉が顰められ、呆れたように嘆息が漏れた。
 どこまで鈍感なのだこの男は。シャロンはテーブルに伏したまま心の中でそう悪態を吐いて、くちびるに触れたフッチの熱を振り切るように瞼を閉じる。
 そうして一瞬後には皿を奪い取ってモンブランを完食し、フッチの苦笑を誘っていた。