鼻先のキス

 人気のない深い森の中、フッチとブライト──そしてシャロンは湖で戯れていた。
 ブライトは姿形こそ立派に成長したが、まだまだ成年に満たない子供だ。翼を開き、跳ね、潜りと、機嫌良く鳴いている。フッチもこのときばかりは、童心に返ったようにずぶ濡れになってはしゃいでいた。

 シャロンもひとしきり共に水を浴びていたが、子供とはいえ竜の体力についてゆけるはずもなく。畔で足を漬けたまま大の字になって寝転がり、遠く空を見上げていた。雲一つない高い高い青に鳥の姿が見える。そうして、森林の清い空気に肺が満たされる心地良さを感じながら瞼を閉じた。

 フッチの笑う声が聴こえる。
 ブライトの高く短い甘える声が聴こえる。

 シャロンが少しの疎外感にチラと二人を横目で見やると、フッチはくすくすと笑って何事かを囁きながら、ブライトの鼻先にくちづけていた。ブライトも応えるように頬を擦り付ける。──面白くない。
 フッチは自他共に認める筋金入りの竜バカであるので、キスなどそれこそ日常茶飯事ではあるのだけれど──面白くない。

 むうとくちびるを尖らせ空を睨み上げていると、シャロンの不機嫌な様子に気付いたのかフッチがその顔を覗き込んだ。その背後では、ブライトが心配げに尻尾を揺らしている。
「シャロン? どうかしたかい」
 フッチの髪から滴る雫のこそばゆさに目を細めながら、シャロンはますますくちびるを尖らせる。
「だってフッチずるい!」
「なにが」
「ボクだってちゅーしたい!」
 ずるいずるいと水の中で足をばたつかせながら喚くシャロンの言葉に軽く目を見張ったあと、フッチは本当に嬉しそうに微笑んだ。
「なんだ、そんなこと?」
 そうして──

「うわっぷ」
 ブライトが甘えるように鳴きながら、鼻先をシャロンに擦り付けた。ついでにざらりと舐められる。
「嬉しいな、シャロンがそんなにやきもち妬くほどブライトを好きだなんて。ほら、ブライトも喜んでいるよ」
 尚も押し倒すように全身を擦り付けているブライトの首筋を、フッチはやさしく撫ぜて笑う。

「ちっがーう!!」
 そんなシャロンの否定の言葉は、森に木霊して消えた。