フッチは長い長い──それこそ永い絶望と共に始まった旅を終え、懐かしき故郷へと帰還を果たした。
 掟によりその地位を剥奪されたためすべてを一から始め直さねばならなかったが、腕に抱くこの愛おしい存在と共に何もかもを新しく歩んでゆけることへの歓喜と、未来への希望と──そして少しの不安を感じながら、遠く広がる空を眺めていた。

 ブラックと共にどこまでも翔けた空。
 嬉しいときも、楽しいときも、辛いときも、苦しいときも、悲しいときも──どんなときも、この空がフッチとブラックをやさしく抱いてくれていた。
 あのときも──ブラックがフッチを守りその命を散らしたときも──空は変わらずそこにあった。
 地に堕ち地を這い、届かぬそれに何度渇望し、絶望し、そうして憎悪しただろうか。

 きゅうと腕の中の存在を強く強く掻き抱いた。ブライトが短く鳴いて、眸をまあるく開いてフッチを見上げる。その空色をいとおしく見つめて、フッチは頬を擦り付けた。伝う雫にはもう、苦い絶望の味はない。

「フッチ、ないてるの?」
 くいと袖を引かれ視線を移すと、隣でうとうととまどろんでいたはずの少女がじっとこちらを見ていた。
 出会ったばかりのこの小さな小さな少女は、見たこともない白い竜を抱いて突然表れたフッチにいたく興味を示し、母の制止も聞かず一日中後ろをついてまわった。
 無邪気に笑い、名を呼び、あれこれ質問攻めにしながら、幼い少女は夢中で少年を追いかけた。閉ざされた空間に舞い込んできた、一陣の風のような少年を。

「いじめられたの? そんなヤツ、シャロンがやっつけてあげる」
 まろい頬を膨らませ眉を寄せる少女の力強い言葉に、フッチは溢れる涙もそのままに微笑んだ。
「ありがとう、でも大丈夫だよ。僕は嬉しくて──そう、嬉しくて泣いているんだ」
 言いながら、母親譲りの金の髪をやさしく撫ぜる。少女はくすぐったそうに声を弾ませて笑んだあと、ことりと首を傾げた。
「うれしくてもないちゃうの?」
「そうだね。嬉しくても、悲しくても、涙は出るよ。その味は……違うものだけれど」
 フッチの頬を一筋の涙が伝う。
 シャロンは首を傾げたままじっとそれを見つめ──くいと引いた袖の力を借りて、ぺろりと舐めた。

「しょっぱい……」
 そう言って顔を顰めた少女の声に、フッチは涙ではなく笑みを零すことで応える。

 そうしてまた、空を見上げた。
 この風と翔ける、遠く焦がれた明日へと想いを馳せて。