子守り

「ねぇねぇ、あれ買って! あの真ん中のヤツ!!」
 ブライトで山を越え、次の街へ辿り着いた矢先のこと。宿屋への道すがら露店を冷やかしていたシャロンが、フッチの腕を引き、そう呼び止めた。
 シャロンの視線の先に目をやると、そこにはこの地方の特産物である鉱物をあしらった小さなアクセサリーが並んでいた。ああ、あの赤はお嬢さんがいかにも好みそうだ、などと思いながら、二つ前の街でやはり同じようにねだられたことを思い出す。
「さっきの街でも買ってあげただろう。我慢しなさい」
 そうにべもなく告げ、腕にシャロンを巻きつけたまま引きずるように歩き出すと、シャロンは諦めるつもりもないのか、両腕を絡めぐいぐいと引き返すことで抵抗した。
「さっきのはさっきの、これはこれなの! オンナノコはいろいろと物入りなんだよ! フッチのスケベ!」
「……スケベって、」
 スケベって、スケベって、とくらくらしてきた頭を押さえながら、フッチはシャロンの手のひらに乗せられたピアスを横目で見た。視線に気付いたのか、シャロンはキラキラとそれこそ鉱物(いし)のように目を輝かせ、満面の笑顔を向けた。(愛らしい八重歯がこのときばかりは苦々しい)(ああ、黒い尻尾まで見える気がする)
「ねぇねぇ、良いでしょ? ボクに似合うと思わない?」
 ことりと首をかしげ、シャロンはトドメとばかりに上目遣いでねだった。フッチの上着の裾をくいと引くのも忘れない。う、とフッチが揺らぎかけたところで、もう一押し。
「可愛いボク、見たくない?」
 少し切なげに眉を寄せ、視線を逸らす。
 ハァと深くため息を吐きながら、根負けしたのはフッチだった。
「はいはい、お嬢さんはいつでも可愛いよ」
 微笑ましいといった表情の店主へ苦い笑みを浮かべながら、フッチは結局ピアスを買い取った。

「──ほら、これっきりだぞ」
 そう諦め顔で言いながら、フッチはシャロンの竜冠のピアスを付け替えた。オープンスターモチーフがキラと揺れる。それを店頭の鏡で確認したシャロンは、至極満足げな笑顔を見せた。
「えっへへー、ありがとフッチ!!」
 先ほどの小悪魔のようなものではない太陽のような笑み。ああ、またこうしてねだられたら勝てないんだろうなあと遠くに思いを馳せつつ、フッチはまあそれも悪くはないと観念した。
「はいはい。──まったく、子守りも楽じゃないよ」
 口ではそう、言いながら。