明日

 扉越しにひくりとすすり泣く声が聴こえる。一時でもこの小さな少女をひとりきりにさせてしまったことを悔やんでも遅い。控えめに三度ノックし、返事を待たずに扉を開けた。
 少女はベッドの上で全身でしゃくり上げ、友の死を悼んでいた。戦場に身を置くものとして、いくら経験したとて決して慣れることのない痛み。ましてや少女にとって初めての身近な者の死だ。
「シャロン」
 フッチはベッドサイドに腰を下ろし、少女を膝の上に抱え上げた。シャロンはフッチのいのちの鼓動を取りこぼさせないというように、ぎゅうぎゅうとその胸に顔を埋めた。そんな彼女が痛ましくいとおしく──やさしくやわらかく、けれど互いがここに在ることをしっかりと確かめるように、そっと抱きしめた。

「僕たちは竜騎士だ。竜と共に生き、共に戦い、──そして死ぬ」
 シャロンが少しの落ち着きを取り戻したところで、フッチは小さくそう語った。
「今日と同じ明日は来ない。明日がある保証もない」
 シャロンの肩を撫でながら続ける。
「けれど、明日を生きるために僕たちは戦っている。誇り高き竜と共に、愛する竜をみんなを護るために」
「だからシャロン。今日を明日を悔やむことのないよう生きるんだ。竜に胸を張れる自分でいられるように」

 ぼろぼろとあとからあとから溢れる少女の涙にくちづけて、フッチはシャロンの言葉を待った。
「ボっボクっケンカしちゃったんだ! 帰ってきたら謝ろうって、だから見送りだってしなかった!」
 しゃくり上げひくりと喉を鳴らしながら、シャロンは溢れ出す涙と同じ心を抑えきれないように吐露した。フッチはその震える小さな頭を撫でながら、やさしく頷く。
「いつだってみんなは帰ってきてくれるんだって思ってた! いなくなっちゃうなんて、そんなこと考えたこともなかったんだ!」
 そう叫んで、シャロンはフッチの首に腕を回しぎゅうと抱きしめた。
「フッチはいなくなったりしないよね? ずっとボクの傍に居てくれるよね……?」
 フッチは強いもん、大丈夫だよね、と離さない離れないというように一層強く抱きしめる。フッチは切なく眉根を寄せ、苦い笑みを浮かべた。
「ボクはフッチがだいすきだよ、だいすきなんだよ。……ずぅーっと……一緒に、居たいよ……」
 シャロンは力なくフッチの首すじに頬をすりつけ、肩へと顔を埋めた。ほろほろと零れる涙が、服だけではなくフッチの心にまで苦く滲んでいった。
 シャロンの望む約束を口にすれば良い、それだけで少女の涙は眩い笑顔に変わるだろう。けれどフッチにはそれが出来なかった。違えられる約束は、いつかの未来の少女の心を抉るだろう。そう──かつての自分のように。
 けれど。
「僕もシャロンがすきだよ」
 ひくりと顔を上げようとするシャロンをその頭を撫でることで制し、続けた。
「僕の明日には君が居る。君の明日に僕が居る約束は出来ないけれど、これだけは竜に誓える」
 それって同じ意味じゃん、と判らないというようにくちびるを尖らせるシャロンに苦笑して、フッチは立ち上がった。
「さあ、もう夜も遅い。明日に備えて眠るんだ、良いね?」
「──フッチは泣いてるオンナノコを放って帰っちゃうんだ?」
 フッチの上着の裾をくいと引き、ますますくちびるを尖らせてシャロンは呟いた。
「レディだからだよ」
 そう言って、フッチは小さなレディの頭を撫ぜ、最後に頬へ触れてから踵を返した。シャロンは数瞬その背中を見つめていたが、扉に手が掛かったところで思い出したように叫んだ。
「じゃあ、ボクがフッチを追いかけてく! どこへだってついて行ってやるんだから! ──そうしたら、ボクの今日にも明日にもずっとフッチが居るよね!」
 きょとんと目を瞬かせていたフッチが、迷うようにけれど綺麗な笑みを見せてくれたので、シャロンは満足げに笑ってベッドへと潜り込んだ。覚悟してなよね、と明日に想いを馳せながら。